「きつねの窓」をはじめ、数々の作品を遺した安房直子さんの作品、みなさん1作は読んだことがあるのではないでしょうか。「安房直子コレクション」(全7巻)は、安房さんの代表的な作品71編を、テーマ別におさめた童話集の決定版です。安房直子ワールドにどっぷりとひたれる贅沢なひとときを、過ごしてみませんか。
安房直子童話集の決定版!
「安房直子コレクション」は、安房直子さんの没後10年を機に2004年に刊行されたシリーズです。短編、中編、長編から代表的な作品71編をえらび、テーマ別に7巻におさめています。あわせて、雑誌などで発表されたエッセイ40編も収録するほか、巻末には安房直子作品著作物を年代順と、作品別の両方のリストで掲載! まさに、安房直子童話集の決定版ともいえるシリーズです。
装幀は、クラフトエヴィング商會のコンビ名で知られる、吉田浩美さんと、吉田篤弘さん。表紙および章の扉ページの幻想的なイラストは、北見葉胡さんが手がけています。
テーマ別に収められた童話たち
各巻のテーマの紹介とともに、収録されている童話からそれぞれ1編をピックアップしていきます。
1.なくしてしまった魔法の時間
初期の作品を中心におさめました。淡い初恋、死んでしまった娘の思い出など「とりかえせない時間」が物語の核になっています。代表作「さんしょっ子」「きつねの窓」「鳥」もこちらの巻に収録されています。11の短編とエッセイ。
■ピックアップ「小さいやさしい右手」
あるところに、まだほんの子どもの魔物がいました。最近、たった1つだけ魔法を覚えたところです。それは、おまじないをして右手を開くと、ほしいものがなんでも手に入るというもの。この覚えたてのすてきなことを誰かにみてもらいたい、と町にでかけた魔物は、継母からいじめられている娘のために、あるよいことをします。ところが、それを知った継母にその大事な右手を切られてしまうのです。それを娘の仕業と思いこみ、すっかり悲しくなった魔物。ところが、いつしかそれは怒りの気持ちに。「真っ黒いいじわるな心がむらむらとわいてくる」さだめの魔物はそれから復讐を考えつづけて20年がたちました。そして、あるときその娘と再会するのですが……。許すという尊い気持ちにたどりつくまでを描いたやさしい物語。
2.見知らぬ町 ふしぎな村
子どものために書いた短編が中心で、安房作品の特徴であるお店屋さんが舞台になった作品を多く収録しています。単行本未収録作品に「オリオン写真館」があります。15の短編とエッセイ。
■ピックアップ「うさぎ屋のひみつ」
夕飯のおかずに頭を悩ませていた若い奥さんのもとに、うさぎが訪ねてきました。その名刺にはこうありました。「夕食配達サービス うさぎ屋」。会員制のサービスで、なんと毎月1回、アクセサリー1個と引き換えに、毎日夕飯を届けてくれるというのです。さっそくブローチと引き換えに会員になった奥さん。その週に届いた料理は、ロールキャベツに、えびのコロッケ、とり肉のクルミソース……などなど、どれもなんともいえないいい味の料理ばかり。ところが、このうさぎ、毎月ねだるアクセサリーには価値あるものを求めていて、ついに奥さんは結婚指輪まで手放してしまいます……。困り果てた奥さんは、旦那さんにもすべてを告白し、ふたりであることを計画します。つい利用してしまいそうな夢のようなサービスと、善良そうな夫婦の意外な悪だくみがおもしろい一編です。
3.ものいう動物たちのすみか
代表的な連作短編集『ねこじゃらしの野原』と『山の童話 風のローラースケート』や、ものいう動物たちとの交流を描いたファンタジックな作品を収録しています。15の短編とエッセイ。
■ピックアップ「ねこじゃらしの野原」
とうふ屋さんが主人公の、6話からなる連作短編。ある店休日、すずめが少量の大豆をたずさえて訪ねてきました。すずめ小学校の入学式のお祝いに、小さなとうふ(すずめの世界では一丁)を作ってくれと頼みに来たのです。入学祝いにとうふなんて不思議な話です。「赤飯のまちがえじゃないのかい」と言いながらも、おひとよしのとうふ屋さんは、快くその仕事を引き受けますが、とうふをつくると、それをさらにあぶらあげにしてくれとのご注文。再び、こんどは小さなあぶらあげを作って渡すと、すずめたちは口々にお礼を言って帰っていきました。そして、夕方、お礼に「おすそわけ」といって重箱をくれたのです。中に入っていたのは? さまざまな動物たちとの交流をすんなり受け入れていくとうふ屋の夫婦がほほえましい連作短編です。
4.まよいこんだ異界の話
ひょんなことから異界に招かれ、そこで、なにかしらを失うかわりに大切なものを得て帰ってくる主人公たちを描いた作品集です。2つの長編と2つの中編とエッセイ。
■ピックアップ「ハンカチの上の花畑」
ある日の夕暮れ、郵便屋さんは、その日最後の配達として、今は誰も住んでいないはずの酒蔵の扉をたたいていました。確かにこのお店宛の手紙があったので、一応届けにきたのです。すると意外なことに、中から、着物をきたおばあさんが出てきました。20年待ったという息子からの便りに大変よろこんだおばあさんは、お礼に菊酒というとっておきのお酒をふるまうからと、郵便屋さんを招き入れます。中に入ると、おばあさんは、空のつぼの横にハンカチを広げて歌いはじめました。すると、つぼの口からはしごが出てきて、小人たちが、降りてくるではありませんか! 小人はポケットから苗を取り出してハンカチの上に植え……やがて菊の花畑ができると、今度はその菊をつんでつぼの中へ入れました。そして、小人たちがつぼへ帰っていくと、中にはとびきりおいしいお酒があったのです。さて、この不思議なつぼ、ある2つの約束事を固く守るようにという言葉とともに、郵便屋さんは一時的に預かることになるのですが……。
5.恋人たちの冒険
異形のモノと人は本当に愛しあえるのか? 恋人たちの情熱と悲しみを描いた物語を集めました。2つの長編と2つの中編とエッセイ。
■ピックアップ「あるジャム屋の話」
人づきあいの下手な「わたし」は、大学を卒業して一流と言われる会社に就職したものの、ほんの1年でやめてしまい、故郷でごろごろしていました。あるとき、庭のあんずが鈴なりだったため、父親が冗談まじりに「おまえ、仕事がないんなら、このあんずみんな売ってこい。」といいました。そこから、ジャム屋の構想を得たわたし。さっそく研究を重ね、ついに森に小屋をたて「ジャムの森野屋」という看板をたてます。ところが、なかなか思ったようにジャムは売れません。そんなとき、小屋に帰ると、きれいな鹿の娘が、彼がつくったジャムを美味しそうにたべているではありませんか。その鹿にジャムの売れ行きがかんばしくないことを話すと、ジャムのびんのレッテルが良くないといい、うつくしい絵の具ですてきなレッテルを作ってくれます。そこからみるみるジャムは売れ始め、二人三脚でのジャム作りがはじまりました。ジャム屋と、彼に尽くす鹿のうつくしい愛の物語。
6.世界の果ての国へ
安房作品の中でも、人のさがをのぞきこんだような、おそろしい短編を中心に集めています。10の短編とエッセイ。
■ピックアップ「鶴の家」
猟師の長吉さんが、嫁さんをもらった晩のこと。真っ白な着物を着て、頭にさざんかの花を飾った見知らぬ女が、やってきました。そして、祝いにと模様のない青い大皿を手渡されますが、次に顔をあげたときは、もう女は消えていました。そのとき、長吉さんは、血の気が引くような気持ちがしてきました。少し前に、誤ってたんちょうを撃ち殺してしまっていたのです。気味悪く思い、夫婦はその皿は使わないでいましたが、あるときお嫁さんがその皿に塩むすびをのせると、それが「たちまち、きりりと白く、おいしそうに」見えてきました。そして実際に、食べたことのないおいしい味がしたのです。それ以来、2人はその皿を愛用しますが、8人の子どもを残して長吉さんはある日ぽっくりと亡くなります。すると、その皿に、1羽の丹頂鶴の模様がうかんだのです。驚いたお嫁さんでしたが、その鶴を夫と思い、さらにその皿を大切にするようになりました。ところが、この家では不幸が続き、鶴はどんどんその数を増やしていくことに……。
7.めぐる季節の話
連作短編集として最後の作品である『花豆の煮えるまで—-小夜の物語』を中心に、山の季節の移り変わりを描いた作品を選びました。11の短編とエッセイ。
■ピックアップ「緑のスキップ」
みみずくは、桜の木のてっぺんで、花ざかりの桜林の番兵をしていました。それというのも、満開の桜の下で、きれいな女の子が座っているのを見たからです。その子は「花かげちゃん」。みみずくは、すぐにその子が桜の精だとわかりました。それ以来、みみずくは雨がふらないよう、風が吹かないよう、花の季節が決して終わらないように、番をするようになったのでした。動物たちが、ちょっとお花見を、というのもすぐに追い返してしまいます。ところがある日、トットトットという音がきこえてきました。それは「緑のスキップ」! 否応なしに、花を散らし、あたりを春の緑から夏の緑にかえていくものです。みみずくは、なおいっそう番に力を入れますが……。
*この短編は偕成社から絵童話『みどりのスキップ』(出久根 育 絵)としても刊行されています。
安房直子さんについて
安房直子さんは、1943年、東京に生まれました。子どものころから本が大好きだった安房さんは、グリムやアンデルセン、アラビアンナイトに親しみ、学校から帰るとよみふけるという生活を送っていました。そして、幼い頃から、まねをしてお話を書いたり、挿絵をつけたりして、おとなになったらお話を作る人になりたいという夢を抱いていたそうです。その後、日本女子大学国文科を卒業し、在学時より詩人、評論家、翻訳家の山室静氏に師事します。授業の課題に応えるかたちで書いた短編を山室氏に認められた安房さん。「こんなのが10篇ぐらいたまったら、一冊のほんにするといいね」という言葉にはげまされ、童話を書きためます。そして8年後、『風と木の歌』で作家デビュー。その後も、発表した童話で数々の賞を受賞しますが、1993年、50歳の若さで亡くなります。
巻末に収録されているエッセイでは、安房さんが、童話創作のエネルギーにしていたのは、童話を読むことだとつづっています。机にその日使うノートや辞書、原稿用紙を広げて、「遠野物語」「宮沢賢治童話集」など本を何冊か置いておくのだそうです(意外にも安房さんがはじめて宮沢賢治の童話に出会ったのは、18、19歳の頃だそうです)。安房さんが読んできた数々の物語のエッセンスを端々に感じさせながらも、唯一無二の安房直子童話の世界は、いつ読んでも色あせることはありません。
心にどこか寂しさを抱えた人たち、ありふれた悩みにぴたりと寄りそう魔法、動物たちと人間の垣根のない会話、もう一つの世界から二度と帰ってこない人たち……深く共感し、大切にしたくなるお話がいくつもみつかることでしょう。ぜひ想像力をのびやかに膨らませながら、読んでみてください。