私の安房直子さんの物語初体験は、確か子どもの頃に読んだ「きつねの窓」でした。
青い桔梗の不思議な花畑に辿り着いたぼく。振り向くと店員にばけた子ぎつねと染物屋がありました。ぼくは染物屋で指を染めてもらいます。そして、言われるがままに指で窓ををつくります。すると、大好きだったあの子の姿が見えたという不思議な話。そのストーリーの記憶が、大人になって再び読んだ時、身体が震えました。そして、その後も「あの時読んだあの話も安房直子さんだったんだ」と気がつく度に感激し、大人になって初めて「安房直子」という作者を意識しました。
安房直子さんの物語を読むとその巧みな表現から、まるで現実との境目がわからなくなるような錯覚に胸が踊ります。また、物語の結末は何故かせつなく必ずしも幸せな結果を選ばないこともしばしば。それでいて何回読んでも心地よい余韻が残ります。子どもの頃の私が「せつない」という感情を知っていたか分かりませんが、安房直子さんが紡ぐその一文一文に身体が衝撃を受けていたことは間違いなく、永遠にその魔法にかけられてしまうから不思議です。
不思議といえばもう一つ。
安房直子さんの童話の一つを誰かにしようとすると、なぜか上手に話せないのです。何十回と読んだはずなのにいつも上手に伝えられない。思い出せないのか上手く語れないのか…これも安房直子さんマジックのひとつだと思っています。そしてまた何度も読んでしまうのですね。
2013年は安房直子さん没後20年の節目の年です。偕成社文庫では現在、童話集『風と木の歌』の他に童話集『白いおうむの森』『遠い野ばらの村』が発行されています。いずれも一度読めば一生の宝物になること間違いなしです。
最後に、偕成社文庫『風と木の歌』にも収録されている「鳥」という話より。
ある町の腕の良い耳のお医者さんのところに「耳の中に、たいへんなものがはいってしまったんです。はやくとってください。」と少女が訪れます。さて、少女の耳になにがはいってしまったのでしょうか? 衝撃の展開にぐっと心を掴まれます。未読の人は是非読んでみてください。
(販売部 高安)
*偕成社文庫『風と木の歌』『白いおうむの森』は実業之日本社から刊行されたものを児童文庫化したものです。偕成社文庫『遠い野ばらの村』は筑摩書房から刊行されたものを児童文庫化したものです。