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編集部だより

偕成社こんな本もありました(第1回)

 偕成社は、今年創業81周年。
このあいだに、数多くの本が刊行されてきた。
そのなかには、時代を反映しながらも、いまとなっては、
すでに忘却のかなたとなった出版物も数多くある。
ここでは、そんな過去の作品から、「知られざる一品」を紹介していこう。

 第1回目は、
『日本のくらし 行事と風俗』という本で、
「図説文庫」というシリーズの一冊である。
このシリーズは全44巻、その情報量はちょっとした百科事典なみだ。
奥付広告には、「一流専門家が数百の写真入りで興味深く平易に説く! 
各A5判300頁、価350円」とある。
タイトルのつけ方も心憎いばかりで、
たとえば、
「動物奇談」。
奇談という言葉に胸躍るのはわたしだけだろうか。
 あるいは、こういう書名もある。
「日本旅行」
「世界旅行」
「国内旅行」「海外旅行」ではなく、あえてこう表現することで、
ワクワク感はいやがうえにも盛り上がる。

 さて、「日本のくらし 行事と風俗」だが、
「日本各地の生活風俗行事祭礼等を易しく語る」
とあるとおり、目次をみても、
「日本人の衣食住」とか
「日本人の一生」
「神仏のふしぎ」
といった見出しがならんでいる。

 そのなかの「神秘な風俗」という章に
「今もいる仙人」というのがある。
そのページには、なんと写真入りで仙人が紹介されているのだ。

 この仙人は青森県中津軽郡の赤倉山に住んでいる
「赤倉仙人」こと荒井万作さん(本名)。
彼の信者は、ふもとの村に百数十人いるという。
一部、本文を引用してみよう。

赤倉の仙人は、どうゆうわけで山に入ったのか、あまり話さず
ただ、「若いころに、山の霊気にさそわれて、こもったのじゃ」と
いうだけだそうです。

 仙人は語尾に「じゃ」をつける。

赤倉仙人は、はだしのままでどんな山の中でも歩きます。
足のうらが、とても厚くかたくなっているので、
とげなどがささっても、血も出ないそうです。
また、どんな断崖絶壁でも、手のひらに唾をつけて
ぴったりと岩や石にすいつき、すっすっすっとのぼってしまいます。
また、山の中を走る速さは、どんな青年も追いつけないほど
速いといわれていますし、声は雷のように大きいそうです。

 すごいぞ、赤倉仙人。
そしてさらにおどろくべきは、彼の生活ぶりだ。

十二里村の実家には、この仙人の子どもが六人(男一人女五人)います。

 どうやら仙人は所帯持ちらしい。

この仙人は、これらの家族とはなれて暮らしているのですから、
食べ物は、信者たちが、参詣にのぼってきたときにそなえていくのです。
しかし、すぐになくなってしまいますから、
ふだんは木の実などをたべているということです。
どんなに食べ物にこまっても、けっして里の信者の家などには、もらいにこないそうです。
しかし、木の実だけではこまるらしく、村の役場から生活扶助を
もらっているということです。

 なんだ、それは。妙に生活感をにじませている。

ときどき、山におりて、ふもとにくるのは、
どうやら酒がのみたくなったらしいときで、
一升ぐらいものむそうです。

 その貴重な写真が載っている。

美酒に顔をほころばせる仙人

 三方の上に一升瓶二本。
ひげをのばした老人が、湯飲み茶碗をもち、ふんどし一丁で、顔だけが黒光り。
ただの酒ずきなじいさんにしか見えない。

 この本が刊行されたのは、1951年。
この年、NHK紅白歌合戦の第一回が放送された。
9月には、サンフランシスコ講和会議がおこなわれ、日米安全保障条約がむすばれる。
戦後は、まだはじまったばかりである。
 荒井さんのような仙人は、まだほかにもいたのかもしれない。

 

(編集部 早坂)

 

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今日の1さつ

描かれている町のモデルのような田舎に住んでいるわけでもないのに、読んでいると思い出す感覚や匂いがあります。こどもの頃の放課後などです。外で遊んでだりして、都会にいても自然を感じとる力が備わっていたのかなと思います。とてもすてきな感覚を思い出すことができました。(20代)

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