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編集部だより

企画の立て方、わたしの場合

これまで、『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』『ある晴れた夏の朝』など、読み物(フィクション)を中心に本を編集してきました。今回、その読み物の「企画の立て方」というお題をいただいたので、それについて、思うところを書いてみます。

読み物の企画というのは、次の二つになるでしょう。
・特定の書き手に向けて、しかるべき原稿をお願いする。
・書いてもらいたいことを、しかるべき書き手にお願いする。
ここでは、二番目の「書いてもらいたいこと」について、のべようと思います。

当たり前のことですが、前提として「書いてもらいたいこと」を明確にしなければ、書き手はなにを書いていいのかわかりません。

ところが、自分が読み物の原稿を依頼する場合、この「書いてもらいたいこと」をはっきりさせるのが、なかなかむずかしい。

本の編集にたずさわる人間として、我ながらどうかと思います。しかし、「書いてもらいたいこと」が自分のなかにあることはわかっているのですが、なんだか、それが漠然としていて、曖昧で、モヤモヤしてはっきりした形で出てこない。

そのような気持ちで時間だけは無為にすぎていく……。結局、
「こんな感じで」
という物言いになってしまうことも、ままあります。

ただ、そのような依頼をしても、書き手もプロですから、そのなんだかよくわからない「書いてもらいたいこと」を書き手なりに咀嚼して、明確化してくれます。そして、執筆に取りかかり、一つの物語が作られる……。もちろん、そこには、自分の「こんな感じ」が、程度の差こそあれ、ふくまれていると(自分では)思っています。

この文章は「読み物の企画の立て方」というタイトルなので、さらに、「こんな感じで」の「こんな」について、いくつか例をあげたいと思います。

もちろん、書き手に提案するまでには、ひらめきやら思いつきといった要素もあると思いますが、自分の場合は、児童文学以外の作品が「書いてもらいたくなる」きっかけになることはよくあります。

ほかのジャンルの作品を参考にするというのは、アイデアとして普通におこなわれていることです。最近、新潮文庫から『気狂いピエロ』が刊行されました。これは、あのゴダールの映画の原作で、初めての邦訳だそうです。学生のときにVHSのビデオで映画を見ましたが、ラストシーンしか印象にのこっておらず、ストーリーもうろ覚えでした。文庫を読んでから、あらためて映画を見ましたが、これはもう、映画と小説の違いということではなく、作品として、まったく別ものだなあと実感しました。

話が横にそれましたが、これから紹介したいのは、あくまで、そのアイデアとなる前の段階、自分が「原稿を依頼したくなる気持ち」にさせられる作品です。実際に原稿依頼をする場合は、さらに検討をしてみて、実現可能かを考えます。

 

ラッタウット・ラープチャルーンサップ「徴兵の日」

タイ系アメリカ人の作家(当時20代)が書いた『観光』という短編集があります。このなかの「徴兵の日」という作品が印象的でした。タイという国は、徴兵されるかどうかは、くじ引きで決まります。抽選会当日は、設営されたテントの奥に舞台がつくられ、家族や身内がくじ引きの結果を見守るのです。主人公の「ぼく」と親友の「ウィチュ」、抽選会に参加する二人の一日が描かれます。

あらすじにはふれませんが、主人公の「ぼく」は、この日のことを忘れることはないでしょう。忘れたとしても、歳を重ねていくうちに、ときどき思い出すはずです。

そして、そのことがとても大切なことであるということを、この短編は静かに伝えます。

 

吉野弘「夕焼け」

この詩人の代表作でもあり、中学校の教科書にものった作品なので、ご存じの方も多いと思います。この詩を読むと、ここに出てくる娘が、どのような人物で、どんな人生を歩んできて、これからどう生きるのだろうと想像してしまいます。そして、その娘を見つめる詩人の思いに、なんともいえないあたたかさを感じます。電車の中の二人は、ある区間の同乗者というだけの関係ですが、娘=主人公、詩人=作家とあてはめてみると、この物語を読みたくなるのは、自分だけではないでしょう。

この詩人の「視点」というものが、とくにいまの世の中には求められている気がします。

 

アーサー・ミラー「将来の探究」

この短編は、残念ながら、古書か図書館でしか読むことはできません。ベトナム戦争の時代、主人公はブロードウェイの舞台俳優で、養老院に入所している父親をときどき面会に訪れます。そして、痴呆が進んでいる父親との交流を通じて、主人公は自分の将来へあらたな一歩をふみだす気持ちになるのです。現代の日本でも多く見られるような親子関係ですが、エンディングの主人公の「気づき」は、老親に自覚がないだけに余韻がのこります。

偕成社から出ている『ジェインのもうふ』も同じ作者ですが、この作品も作家の意外な一面がみられる好編だと思います。

 

ということで、なんだか作品紹介になってしまった感もありますが、古今東西、共感する作品に出合うことが企画の種になるのですね。

 

ここに出てくる作品が収録されている本です。

気狂いピエロ』(新潮文庫)
観光』(ハヤカワepi文庫)
吉野弘詩集』(ハルキ文庫・岩波文庫)
『現代アメリカ短篇選集Ⅲ』(白水社)

(編集部 早坂)

この記事に出てきた本

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今日の1さつ

推理小説で、怪奇小説で、歴史小説。なんて贅沢な一冊!そしてどの分野においても大満足のため息レベル。一気に読んでしまって、今から次回作を楽しみにしてしまってます。捨松、ヘンリー・フォールズなど実在の人物たちに興味が湧いて好奇心が刺激されています。何よりイカルをはじめとするキャラにまた会いたい!!(読者の方より)

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