『世界のともだち キューバ』の著者、八木虎造さんによるキューバ再訪記、2回目です! 10年前と変わらないところ、変わったところ、いろいろあったようです。1回目はこちらから。
久々に訪れたキューバ。約10年で人々の生活が大きく変化していました。
10年前に来たときは、物不足の影響で、売る商品がほとんど無くて開店休業のような状態のお店がたくさんありました。キューバの人たちは、こわれてしまった日用品はもちろん、車でも自分たちで修理しながら何十年も使ったり、洋服も近所や親戚の間で着回したりしている状況でした。
現在は海外の国々から物が届くようになり、それらを売るお店がたくさんふえました。若者向けの古着屋やスニーカー屋、チュロス屋、おしゃれなカフェなど、以前には無かったタイプのお店ができて、街は活気を帯びています。
そしてキューバにもスマートフォンが進出していました。以前は携帯電話すら持っている人が少なく、連絡手段はほぼ固定電話のみでしたが、今では子どもたちでもスマートフォンを手にできるくらいになっていました。


みんなスマホをもっている

チュロス屋さんの前で
ただ、いまはキューバ全体が電力不足。ほとんど毎日停電があります。停電は、たいていお昼すぎから夜遅くまで続くので、夜ご飯を食べるときは午前中のうちに充電しておいた非常灯やスマートフォンでテーブルを照らしながら食べたり、トイレでもスマートフォンなどで手元を照らして用を足したりします。シャワーのお湯も出ないので、暗闇の中、水を浴びることになります。
お店や銀行も停電になった時点で閉店するところが多く、不便な毎日だなと思うのですが、キューバの人たちはもう慣れてしまっているようで、停電になったら仕事を切り上げて帰宅し、家族や友人と過ごしていたりしています。そして深夜に停電が終わって街や家に灯りが戻ると、どこからともなく近所の家々から拍手や歓声が起こります。毎日やってくる停電すら楽しんでいるようでした。


暗い中で夜ごはん

バイクのヘッドライトも便利
子どもたちにも大きな変化がありました。以前は街のいたるところで木の棒と紙のボールを使って野球をやっている光景や、コオロギや貝殻を見つける遊びをしている子どもたちを多く見かけましたが、現在は海外から色々な物資が届いたことで、サッカーやスケボー、ローラーブレード、スマホゲームなど色々なことをして遊んでいる子どもたちを見かけました。
学校についても以前は物不足の影響で上級生の教科書や筆記用具などを使いまわしていましたが、いまは新しい教科書や自分だけの筆記用具も手に入れることができるようになりつつあります。以前も今も学校からの宿題の量は多いですが、停電中であっても非常灯を使って勉強をするそうです。
それから、日本のアニメをたくさん観て、日本の文化に興味を持つ子どもたちが増えました。街を歩いていると「こんにちは」と日本語で挨拶してくる子どももいるほどです。

コオロギをさがして遊んでいた、子どものころのエリオ

いまは、ローラーブレードが人気
変わらないところもあります。サンタクララでは、いまでも馬車が一番便利な交通手段です。パカパカと蹄の音を鳴らして街中の道路をゆっくり走ります。同じ道を車やバイクも走りますが、馬車が通るときは端に寄って馬が通りやすいよう気を配っています。


路上の床屋さんも変わらない風景
厳しい経済状況のなかでも、みんな助け合って生活しています。街の広場に行くと床屋や洋服屋が、必要な人に向けて無料で営業していたり、ヨガや太極拳、筋肉トレーニングやボクシングなどをやっているグループに無料で参加できたり、誰でも鑑賞できるショーやコンサートがいつも開催されています。お金や電力を使わなくてもみんなで毎日楽しく暮らす工夫をしていて、10年前よりもずっと豊かな生活を送っているように感じました。
サンタクララだけでなく、今回出会った多くのキューバの人たちが笑顔で過ごしているのがとても印象的でした。

街中で行われていた、子どもむけのショー

ボクシングも変わらず人気のスポーツです
写真・文 八木虎造
◎本の製作当時の取材日記もあわせてどうぞ!
・野球の国、キューバ
・エリオの団地生活
・本を持って台湾へ!
・取材こぼればなし


