詩人・画家の星野富弘さんをご存じでしょうか。美しく繊細な花の絵に詩を添えた星野さんの詩画は、全国の人々に感動を与えています。その作品はどれも、星野さんが24歳で大怪我を負い、手足の自由を失ってから生まれたものです。
きょうは、そんな星野さんが、闘病生活の中で生命の尊さを知り、詩画を描くようになるまでをまとめた自伝をご紹介します。
突然の事故、過ぎていく日々。その中でみつけた、文字を書くよろこび
星野富弘さんは1946年、群馬県勢多郡東村(現みどり市東町)に生まれました。活発で器械体操が大好きだった星野さんは、大学を卒業してすぐ、中学校の体育の先生になりました。
しかし部活動の指導中、マット上で宙がえりをした星野さんは、頭から落ちてしまいます。失敗すること自体は、体操選手にはよくあること。すぐに起き上がろうとしますが、首から下の感覚すべてがなく、まったく動けない状態になっていました。星野さんはこのとき、
「たいへんなけがを、してしまったぞ……。」
からだの奥のほうから、そんな声がしてきました。
あおざめた母の顔が、すーっとまぶたにうかびました。
年とった父の顔も、うかんできました。
病院に運びこまれた星野さんは、大手術を何度も受け、高熱を出し、人工呼吸器をつけ……と壮絶な日々を過ごします。2年が経つころには、治療や周囲の看病のおかげで自分で呼吸ができるようになりますが、首から下が動かないのは変わらず、自分でトイレにも行けず、食事も食べさせてもらわなくてはならず、ただただ、
そんな星野さんの変わりばえのしない毎日を変えたのが、口にペンをくわえて文字を書いたことでした。本の中で星野さんはこの時のことを、「目の前がパァーッと明るくなりました。」と書いています。口に血をにじませ、歯を食いしばって書いた文字。星野さんは、器械体操の技が、毎日の練習でだんだん身につくように、一文字一文字、器械体操をはじめたときのような気持ちでやってみよう、と取り組みはじめます。
聖書と出会い、花の絵を描き始める
星野さんには、大学時代にいた寮の先輩で、牧師になった方がいました。事故を知って駆けつけたその先輩から聖書をもらって読んだ星野さんは、聖書からたくさんのものを受け取ります。
今日あっても、明日は炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどまでに装ってくださるのだから、まして、あなたがたに、よくしてくださらないわけが、ありましょうか。
(マタイの福音書 六章)
病室から見える庭の花々、お見舞いの方からもらって母が窓辺にいつも飾ってくれる花々。この聖書の言葉を思い出しながら花を眺めた星野さんには、小さな花が雄大な風景に見えました。こうして星野さんは、口に筆をくわえて、今度は。絵には、みじかい詩をそえるようになりました。
その後、障害者センターの所長さんの声かけで、描きためた詩画で展覧会を開いた星野さん。見た人からのたくさんの感想文を見て、これからの人生で自分が何をしていったらいいのかが、うっすら見えてきたといいます。
この本ではこうした星野さんの半生を星野さん自身がつづり、それぞれの状況下での心の動き、まわりの人のこと、日々のできごとなどが丁寧に書かれています。星野富弘さんという人を知り、生きていくことの喜びや難しさをともに感じられる、大人にも子どもにも感動をあたえてくれる一冊です。*偕成社文庫版もあります。
でも、うけた傷は、いつまでも、ひらきっぱなしではなかったのです。(中略)傷あとはのこりますが、そこには、まえよりつよいものがもりあがって、おおってくれます。からだには傷をうけ、たしかに不自由ですが、心はいつまでも不自由ではないのです。
不自由と不幸は、むすびつきやすい性質をもっていますが、まったく、べつのものだったのです。
花の詩画集と、英文版『英語で読む星野富弘 Road of the Tinkling Bell』
星野さんの詩画とエッセイをまとめたシリーズ「花の詩画集」は、。群馬県の自然の中でくらす星野さんの目にうつる花々の絵、そこに添えられたやさしい詩は、いつでもわたしたちの心を癒し、あたたかく包み、いろいろなことを考えさせてくれます。
また、累計200万部をこえる「花の詩画集」のベストセラー『鈴の鳴る道』をあたらしく英文版にした『英語で読む星野富弘 Road of the Tinkling Bell』が、2019年7月に刊行されます。文法や単語の解説もついたテキスト調で、英語を学習しながら星野さんの詩画とエッセイを楽しめます。
たくさんの詩画を手がける星野さん。作品を見たことがない方は、ぜひご覧になってみてください。今回ご紹介した自伝『かぎりなくやさしい花々』にも、いくつか詩画が掲載されています。