こんにちは、編集部の藤田隆広です。先週末は多摩川でハーフマラソンに出場。……雨でした。さて今回は7月の新刊、城戸久枝さんのノンフィクション『じいじが迷子になっちゃった あなたへと続く家族と戦争の物語』のできるまで、をご紹介します。
7月の新刊『じいじが迷子になっちゃった あなたへと続く家族と戦争の物語』。
この本には元になった作品があります。『あの戦争から遠く離れて 私につながる歴史をたどる旅』(2007年/情報センター出版局/現在は新潮文庫)です。戦後中国に残され養母のもとで育ち、自力で帰国した中国残留孤児である城戸幹の半生を、娘の城戸久枝さんが10年かけて取材して書きあげた、すさまじいノンフィクションです。刊行当時、多くの賞に輝いた傑作です。
文春文庫版の『あの戦争から遠く離れて 私につながる歴史をたどる旅』。いまは新潮文庫で手に入ります。手もとで使っていたのでフセンだらけです。
私がこの本を読んだのは2017年の夏。一読して仰天です。中国人として生きる主人公・城戸幹の苦悩と情熱が迫力をもって描かれ、それを取材する城戸久枝さんの「父の生き方を残す」という執念もすごい。打ちのめされました。思い立ったら吉日、すぐに講演会に足を運びました。お話しのあとにごあいさつをすると、城戸さんは真剣な表情で「子どもたちにどうやったら戦争を伝えていくことができるか、私もいま考えています」とおっしゃり、そのあとすぐにメールもいただきました。「子どもに向けた戦争の本、ぜひやりましょう」
福島・白河市での城戸さんのご講演の様子(2018年6月)。会場には戦争を体験した方が多くいらっしゃっていました。
城戸さんは戦争を次の世代に語り継ぐことをライフワークになさっていて、子どもの本に大きな可能性を感じていらっしゃったのかもしれません。それから、児童書として形にするにはどうしたらいいか打ち合わせを重ね、見えてきたのが『あの戦争から遠く離れて』の「ジュニア版」でした。戦争の歴史的背景や当時の状況など、子どもには難しいと思われるこの本を、小学生ぐらいでも読めるようにしたい、という考えです。この形でスタートしました。
今回の『じいじが迷子になっちゃった』は、『あの戦争から遠く離れて』を1から書き直したまったく別の本ですが、そんななかでもとくに大きな違いは、城戸さんの息子さんとのやりとりを入れたことです。じっさいに城戸さんは息子さんに原稿を読んで聞かせながら執筆を進めたそうです。息子さんが聞いてわからない箇所は書き直し、理解できるようであれば、それを生かしました。タイトルも息子さんからよく「じいじがまいごになっちゃったおはなしして!」とせがまれた、ということからつけられました。
今回の本におさめられているさし絵(羽尻利門・絵)。寝る前に息子さんに聞かせながら執筆を進めていきました。
こうしたやりとりをへて、城戸さんがすべての原稿を書き上げてくださったのが、昨年2018年の終わりごろ。スタートしてから1年と少しかかりました。
文章のほうが見えてくると、さし絵をどうするか検討します。これが今年の2月ごろでした。お願いしたのは羽尻利門さんです。以前『ウォーズ・オブ・ジャパン 日本のいくさと戦争』(2015年/偕成社)で4点の絵をお願いしました。いきおいのあるタッチでありつつ、親しみ、あたたかさを感じる画風で、絵本や挿し絵で今とっても活躍されています。
『ウォーズ・オブ・ジャパン 日本のいくさと戦争』での羽尻利門さんの絵。応仁の乱のページ。
今回のお仕事をお願いしてみると、これまたびっくり。羽尻さん、学生時代は国際関係学部で中国残留孤児についても学んでおり、香港の大学への留学経験あり、さらにイラストレーターになる前は商社マンで、日中間を行ったり来たりだったそうです。中国語もわかるとのことで、なんと心強い画家さんだ!
さし絵を進めるにあたっては、この本の主人公である城戸幹さんに何度も目を通していただきました。おもな舞台は、日本とは自然も風景も文化もちがう中国です。また時代も大きく異なりますので、やはりそこは城戸さん親子の意見をもとに進めていきました。ラフをお送りして、よければ下描きに進みます。そして下描きに問題がなければ本描きへ。絵をすべていただいたのは、5月なかば。お願いしてからおよそ3ヶ月で描き上げてくださいました。夏には刊行したかったので、助かった! 今回、羽尻さんによるさし絵は15点ほどです。そちらもぜひご注目ください。
羽尻さんのラフと本描き。あたたかい線が特徴で、中国の養母の表情もすてきです。
こうして文章とさし絵ができて、本は形になります。城戸さんと「本をだしましょう」と話をしてから刊行まで、ほぼ2年かかったことになります。
城戸さんははじめての児童書ということもあり、難しいことをどうやって子どもたちに伝えるか、に力を注いでくださいました。そして、その点にやりがいを感じ、手応えもあった、とおっしゃっています。戦争を次の世代に伝えることをライフワークのひとつとなさっている城戸さんですが、今後児童書でのご活躍にも期待したいですね。
駆け足でしたが、今回の本ができるまでをご紹介しました。夏はあらためて平和と戦争について考える、いい機会。
城戸久枝さん。撮影:荒井諭
(編集部 藤田)