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編集部だより

昭和の少女雑誌「少女サロン(その2)」
(偕成社こんな本もありました11)

「少女サロン」(その2)昭和25年(1950年)4月〜昭和30年(1955年)8月
 
偕成社は、今年創業84周年。
このあいだに、数多くの本が刊行されてきた。
そのなかには、時代を反映しながらも、いまとなっては、
すでに忘却のかなたとなった出版物も数多くある。
ここでは、そんな過去の作品から、「知られざる一品」を紹介していこう。
 
前回「少女サロン」について、最後にこう書いた。
 
「少女サロン」は、昭和27年(1952年)1月号の15万5千部まで部数をのばすが、徐々に本誌の充実よりも芸能ネタや付録合戦にしのぎをけずるようになる。折しも「漫画王」(秋田書店)の創刊で第一次マンガブームの口火が切られ、「明星」(集英社)、「平凡」(凡人社=マガジンハウス)といった芸能専門雑誌の刊行もはじまり、少女雑誌はその役割を終えるのであった。
 
では、この少女雑誌の終末期は、いかなるものであったか。
今回は最終号が出される5ヶ月前、昭和30年3月号をみていくことにしよう。 
 
 
「芸能ネタや付録合戦にしのぎをけずる」とは『偕成社50年の歩み』(社史)からの引用だが、この表紙を見ると、以前のものと比べて、大きな変化は感じられない。付録も2大フロクと銘打ってはいるが、「仲よし女学生ノート」「ひな祭り壁かけ」と派手さはなく、かわいいものだ。
 
 
目次を見ても、内容はあくまで小説を中心とした文芸路線の方針がうかがえる。確かに前回紹介した昭和26年8月号に比べると、グラビアをふくめた芸能ネタと漫画は増えてはいるが……。
 
では、このなかから、いくつか紹介していこう。
 
小説では、新しいスタイルも考えだされていた。写真物語「遥かなる幸」は、写真が挿絵として使われており、担当編集者は小説と映画の中間をイメージしたのかもしれない。「『お母さん! お父さんは生きているわ』ある夜、カオルは夢の中でさけんだ。遠き幸をもとめる二人の少女の物語」。この手法はこの手法で、いま作ったならば、なんだかおもしろいものができそう。ちなみに、その2人の少女を演じているのは、安田祥子・由紀さおり姉妹である。
 
 
芸能ネタを見ると、「NHK、ラジオ東京(現TBS)、ニッポン放送の各放送局の人気番組めぐりーーー」「なかよしこよし 関千恵子さん訪問」「スター物語 ジャズの女王 江利チエミさん」といった記事がならぶ。いまとなっては信じがたいが、「スター住所録」と称して、芸能人の住所が番地入りで記載されている。
 
 
さて、曲折を経てその役目を終えた「少女サロン」だが、全号を通して「サロンフレンド(読者欄)」は、その時代を映す鏡となっており、いま読むとなんだか感慨深い。最後に一読者の作文を紹介して、この回を終えよう。
 
通学途中の橋           茨城県 S K
 
 前略 
 村役場の裏のこわれた橋ぐらい、なおしたらよかろうにとつくづく思う。もうあの橋がこわれてから、3、4ヶ月になる。雨の降った日など、ほんとうにあぶなくってしょうがない。ちょっとすべると、おちてしまうような、大きな穴があいているのだから……。
 いつだったかわすれてしまったが、小学生で、足をすべらせて、もうすこしで、おっこちそうになった子がいる。そんな大きな穴があいているというのに、村の人達はなおそうとしているようすもない。犠牲者をだしてからでなくては気がつかないのだろうか。うわさにきけばその橋は村と村の境にあるので、自分の村の経費でなおしては損だというのだそうだ。私の村ばかりではない。今の日本にはこのようにつまらないおかしな例がたくさんある。私たちは、将来住みよい日本をつくるため、今から正しい目をもって学んでゆきたい。

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今日の1さつ

借りて読んで気に入った本は手元においておきたくなり買うことが多いです。この絵本もそのような形で買いました。タイトルも表紙もインパクト大で手に取らずにはいられない。という感じでした。読み聞かせより一人でゆっくりすみずみまでながめて読みたい、そんな本だと思いました。(9歳・お母さまより)

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