「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」シリーズ(廣嶋玲子 作/jyajya 絵)がNHKでテレビアニメ化され、第3回こどもの本総選挙の第1位を獲得しました。担当編集者が、銭天堂と著者の廣嶋玲子さんについて語ります。
銭天堂との出会い
偕成社では、日本児童文学者協会が編集するアンソロジーを毎年刊行しています。その担当である私は、廣嶋さんに短編の原稿を何度かお願いしていました。「迷宮ヶ丘」というシリーズを企画したときにいただいた原稿が、ずばり「不思議駄菓子屋」(『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂にようこそ 公式ガイドブック』収録)というタイトルだったのです。それが、銭天堂との出会いでした。
しばらくして、廣嶋さんから「実は、この駄菓子屋のお話をいくつか書いているので、読んでもらえないだろうか」という連絡をもらいました。原稿は、すでに連作集の体裁をとっており、そのなかの一編を「迷宮ヶ丘」の原稿として送ってくれたそうです。
紅子という強烈なキャラクターの店主が、ふしぎな駄菓子をお客に提供するという物語の骨格は、いまの銭天堂と変わりありません。そのときのタイトルは、「怪奇! 駄菓子屋 銭天堂」というホラーチックなものでした。
原稿を読んでみると、紅子という主人公のキャラクターが強烈で、インパクトがありました。それぞれのお話に登場するお客さんも、子どもだけというわけではなく、老若男女さまざまで、そのキャラクターやパーソナリティにかかわらず、そのエピソードの結末が幸せになるか、不幸になるか、読み手には予想できません。そこがなんだかとても新鮮で、おもしろく感じられました。
銭天堂に対する愛読者ハガキが数多く会社によせられますが、「いままで本を読まなかった子が、夢中になって読んでいる」という感想が目立つのも、そのへんのところが魅力になっているからだと思います。
原稿執筆の早さ
銭天堂シリーズは、来年で刊行から10周年をむかえます。
その間、廣嶋さんから原稿を受け取ってきましたが、まず、おどろくのは、その原稿執筆の早さです。打ち合わせのときに、原稿の締め切り日を聞いてくるのは、きまって廣嶋さんのほうからで、その締め切りが破られたことは一度もありません。というよりも、締め切りの1週間まえに原稿をあげてくることはざらで、なんと、1か月近く前に原稿を送ってくれたこともあります。
廣嶋さんは、ご主人のお仕事の関係で、地元の神奈川をはなれていた時期がありましたが、茨城県の鹿島で打ち合わせをしたときに、かなりの大幅な改稿をお願いしたことがあります。締め切りは3週間後という約束をして会社にもどってみると、すでに書きなおされた原稿がメールで送られていました。
銭天堂のお話の中に、締め切りが間に合わず、編集者から逃げまわる漫画家を描いたお話がありますが(第16巻「忍者ジンジャー」)、このモデルは、廣嶋さんご本人ではないことだけは確かです。
次の作品にむかう姿勢
廣嶋さんは、自分でだめだと思った原稿を見限って、次の(別の)作品にむかう切り替えがひじょうに早い。これには、いつもながら感心させられます。
児童書を出したい人と原稿のやりとりをしていると、自分が書いた原稿への「ダメ出し」がなかなかできないということがよくあります。そんなときは決まって、原稿のどこをどのように直せばよくなるのか、という部分的な改稿しか頭になく、作品全体の出来について、あらためて自分に問おうとはしなくなっています。
自分が時間と労力をかけて書いた原稿を没にするというのは、とても辛い判断です。ただ、現実的に一部を改稿してその作品が劇的によくなるという可能性は、本当にわずかな確率といってよいでしょう。であるならば、目の前にある原稿に対して自ら思い切ってNGを出せる視点に立てるか、そこが最終的に創作を前に進められるかどうかの分岐点になるような気がします。作家を目指している人にとって、目の前の原稿をあきらめて、あらたな作品に向かおうという気持ちは、そのような意味で、とても大切な要素だと思います。
銭天堂がヒットしてから、執筆だけでなく、いろいろな面でお忙しくなっている廣嶋さんですが、あるとき「アイデアは、どんどん出てくるけれど、家事など執筆以外に時間を割かれて、そのアイデアを原稿にできないことが辛い」とメールをもらったことがあります。
「アイデアが、どんどん出てくる」というのは、作家にとっては、なにものにもまさる財産ではないでしょうか。
これからも、廣嶋さんは、精力的に原稿を書いて、読者をよろこばせてくれそうです。
(編集部・早坂)