もうすぐクリスマス。街じゅうが華やぐこの季節に、プレゼントにもぴったりな装いの本ができました。
『銀杏堂 スフィンクスのつめ』(橘 春香 作・絵)。今日はその装丁についてお話ししたいと思います。
お宝を容れるのは、やっぱり宝箱でしょう!
この本は、2016年に刊行した『銀杏堂』に続く、シリーズの2作目です。骨董屋「銀杏堂」の店主・高田さん(歯に衣着せぬ物言いと、燃えたぎる好奇心が身上の、スーパーおばあちゃん)が、常連客である小学生のレンちゃん(おっとりだけど、時にキレ味するどい返答をする女の子)に、自分が仕入れた品物1つ1つにまつわる冒険譚(本当の話かまったくのホラ話かは謎)を語ってきかせるという、ワクワク心おどる物語。お話の中には、ふしぎな力をもつ魅惑的なお宝がたくさん登場します。それで、本自体もちょっと豪華な雰囲気の、持っていたら嬉しくなる、宝箱のようなものにしたいと考えました。
キーワードは、グランヴィル(って、なに?)
作家の橘春香さん、デザイナーの原条令子さんと3人で最初に装幀の打ち合わせをしたとき、こちらから希望したのは、こんなことでした。「時代に左右されない児童文学の王道ともいうべき内容なので、古典名作のような佇まいにしたい。けれど橘さんの絵の新鮮味と洒落っ気は最大限、生かしたい」。なんともアンビバレントですね~。これに対し、原条さんは「グランヴィルの本みたいな感じ、どうですか?」とキーワードをご提示くださいました。グランヴィルというのは19世紀フランスの挿絵画家で、インターネットで調べると、古書として売りに出されているその装丁本がちらほら出てきます。興味がある方はぜひ検索してみてください。それこそ、ためいきが出るほど美しいお宝本です。「これは素敵! この方向でいきましょう!」と3人で盛り上がり、ここから夢がワーッと広がりました。
しかし、グランヴィルの本は革製の箔押しなどというとんでもない代物です。そのイメージをもとに、限られた予算内でどこまでぜいたくできるのか!? めざすは、買ってくれた人がずっと手元に置いておきたいと感じる本。もっとざっくばらんにいえば、これで1700円はお得だな! と思ってもらえる本。その最適解を求め、3人で(といっても、私はお2人の背後で「いいですね~いいですね~」を連発していただけですが)工夫を凝らしました。
デザインの要は、金色インク。
作者の橘春香さんには4色カラーのイラストと金の版用のイラストを分けて描いていただき、その2つを版画のように合わせて印刷します。
一方、表紙は、特色1色+金色の2色印刷。色数を少なくすることで、ゴージャスな見た目にもかかわらず値段が抑えられるという裏技です。
カバー・表紙とも、グランヴィルにヒントを得つつ、そこにチャーミングで軽やかなリズムが加わって、すっかり橘さんのオリジナリティほとばしる装画になりました。お話に出てくるモチーフがちりばめられ、めくるめく銀杏堂の世界が端的に表現されています。さすが、作者が絵を描いているので、イメージに寸分のズレもありません!
タイトル文字のデザインも、本の印象を左右する重要なポイントです。原条さんは「銀杏堂は老舗の骨董屋さんだから、あまり主張しすぎない雰囲気の文字がいいですね」といって、このロゴを作字してくださいました。クラシカルで品がよく、それでいて絶妙に個性的。完璧です。 ひと目見て「そうだ、銀杏堂の文字はこれしかない」とおなかの底から納得しました。
紙選びの醍醐味
こんなプロたちの傍らで、デザイン上、私の出る幕はハッキリ言ってありません。が、大事な役割があります。それは原価計算です。
ブックデザインの山場の1つは、紙選び。世の中には、色や風合いや加工がかっこいい紙が星の数ほど存在します。しかし、紙も凝れば凝るほどお金がかかる……。そこで、デザイナーさんからうかがった紙のイメージを携えて、まずは紙見本がズラリと並ぶ製作部へいき、「この紙、使えますかねぇ?」と言ってみます。「使えるわけないだろ!」と一蹴されたりもしつつ、それなら似た風合いでもっと安い紙はないか? こっちを捨てればこっちは生かせるか? などと相談しながら数字を修正し、現実的な落としどころを探っていきます。計算は苦手ですが、この限られた範囲内でやりくりしていく感じ、嫌いじゃありません。
その結果、銀杏堂では、こんな紙を使いました。
カバーはいちばん目に入るので、少し高めの紙に。よーく見ると表面が小さくデコボコしていますね。布目もようにエンボス加工がしてある紙で、その気づかれないほどの厚みが高級感をもたらしてくれます。
表紙と見返し、扉には、同じ種類の紙を使っています。触ってみると、表はツルツル裏はザラザラ——「おや、この手触り知ってるぞ」と気づくかもしれません。そう、包装紙です。ツルツルした表紙を触ると、まるでプレゼントをもらったみたいに心が弾みます。反対に、見返しはあえて少し毛羽立ったザラザラの裏面に印刷し、古紙のような雰囲気に仕上げています。
見返しをめくると、扉です。ここはいちばん薄い紙にして、下の絵がほんのり透ける仕掛けにしました。扉に描かれている主人公のレンちゃんが、雨降る街で遊んでいるみたいに見えるでしょう?
次に扉をめくれば、銀杏堂の店が登場。さらにページをめくると、プロローグへとつながっていきます。この、物語世界へ誘っていく冒頭の一連の流れ、映画のオープニングみたいでとても気に入っています。こういうことを作者といっしょに考えるのが、とにかく楽しい!!
さりげないオシャレ
本文用紙は、橘さんの絵の彩度をきれいに再現したかったので、まっしろな「スノーホワイト」色にしました。
本文フォントは、精興社という印刷所オリジナルの「精興社書体」。「新潮クレスト・ブックス」などで使われている、クラシカルで繊細な感じの書体です。前々から素敵だな~と思っていて、一度は使ってみたかったのです。「ふ」の字がとくに特徴的。
ノンブル(ページ番号)のまわりにも、ちょっとしたイラストをあしらいました。「星空オルゴール」の章を始め、今作は星が出てくるお話が多かったので、こんなカットを。ちなみに1作目は、銀杏のカットが入っています。
そして、みなさんご存じでしょうか? ハードカバーの背には、こういうちっちゃな布がついていることを! 私は偕成社に入るまで知りませんでした。でもいったん気づくと気になってしかたない存在、それが花布(はなぎれ)です。家の本棚にあるすてきな本をちょっと引き出してみてください。ひっそりと、しかしぴったりな花布があしらわれているはず。粋な江戸っ子は裏地が命みたいな、洒落心を感じるポイントです。
忘れられないひとこと
ふう、長くなりました。思い返すと、銀杏堂のそもそもの出発点は「この本が出せたら次の日死んじゃっても悔いはない! という思えるくらいの本を出したい」という橘さんのひとことでした。それは一体どんな本なのか、2人で長い時間話し合い、その中から高田さんというキャラクターが生まれ、銀杏堂の世界はそのあとまた数年かけてちょっとずつ育っていきました。私はそれを横で応援しながら、最終的にこれがどういう形に結実するのか見届けるまでは絶対に死ねない、と思っていました。だからこの本の仕上げたる装丁については語りたいことがいっぱいあり、つい長くなってしまったわけなのですが、魅力を伝えきれたかどうか自信がありません。やっぱり、じっさいに見ていただくのが一番! というわけで、本を見かけたら、ぜひ手にとってみてください。ずっしり重たいのは、私の執念のせい……ではなく、重い本文用紙を使ったからです(ああこれは唯一、反省点!!)。
(編集部・矢作)