今年、2022年は、日本に博物館が誕生してからちょうど150年になります。それを記念して、この秋には、東京国立博物館が所蔵するすべての国宝を展示するという夢のような展覧会が企画されているそうなので、今からとても楽しみです。
150年前というと明治5年、この年に東京の湯島聖堂大成殿で国内初めての博覧会が開かれたところから、日本の博物館の歴史が始まりました。維新からわずか5年という早さに驚きますが、初代館長になる町田久成をはじめ、幕末にヨーロッパへ留学した人たちが、近代国家には博物館が必要だという強い思いを抱いたことがその原動力になったようです。
上野公園の現在の場所に、ジョサイア・コンドル設計による煉瓦造り2階建ての博物館が開館したのは明治15年で、動物園もそのときに開園しました。富安陽子さんの新刊『博物館の少女 怪異研究事始め』は、その翌年、明治16年の博物館を舞台にしています。
主人公のイカルは14歳の女の子で、大阪の古物商の娘です。以前、父親から、博物館というのはめずらしい物産や美術品を並べるところだと聞いたことがあり、それなら自分のうちの店と変わらないではないかと思うのですが、そこでは品物を買うのではなく、お金を払ってただそれを見るだけなのだと知らされて、どうにも腑に落ちない思いをします。
そして、上京して初めて博物館を訪れたイカルは、その建物の立派さに息をのみ、展示されている品物の素晴らしさに圧倒されることになります。一級品ぞろいの美術品、工芸品のほかにも、自分の背丈よりも長い脚と、その脚よりも長い首をもつキリンという動物の剥製や、巨大なツチクジラの骨格標本を見た少女の驚きはどれほどのものだったでしょう。
明治10年代というと、西洋文化の波が押し寄せる中にも、江戸情緒がのこり、都市の夜も闇におおわれ、まだ妖しいものの存在が人々の心に信じられていたころです。『博物館の少女 怪異研究事始め』は、そんな時代に起こる怪異をめぐるミステリーですが、一方で、好奇心旺盛な女の子が、見知らぬ土地で、なんとか自分の将来を切り開いていこうとするさわやかな成長譚でもあります。
それに加えて、さきほどの博物館の場面もそうですが、大阪から蒸気船と汽車、そして馬車鉄道を乗り継いで上野にやってきた少女が文明開化の東京で経験する日々には、当時の日本人が明治という新時代をどんなふうに迎えたかを追体験するような面白さがあります。
読書する愉しさがぎっしりと詰まった1冊です。どうぞお楽しみください。
(編集部・広松)