たむらしげるさんの絵本『よるのおと』は、男の子が夜の池のほとりを歩いておじいさんの家につくまでのほんの数十秒を描いた絵本です。夜の澄んだ空気を表現する透明感のある深いブルーが印象的な絵本ですが、実はこのサファイヤブルーは通常の印刷では出すことができない色なのです。では、どうやってこの美しいブルーを印刷できたのか。この絵本のために、たむらさんが挑戦してくださった技法を紹介します。
通常の絵本では、画家の方に描いていただいた原画をスキャナーで分解して、それをシアン、マゼンタ、イエロー、ブラックという4色の小さな点の集まりとして再現しています。その再現性はとても高いのですが、それでも深い青を出そうとすると、どうしても色がにごってしまいます。
『よるのおと』では澄んだブルーを出すために、原画を描いて印刷所に入稿するのではなく、印刷用の版をたむらさん自身に作っていただきました。4色の木版画を刷るときのように、1つの場面につき、それぞれの色別に4つの版を作っていただいたのです。
そして、それを通常のインクではなく、サファイヤブルー、パープル、イエロー、ブラックの特色を使って印刷しています。
例えばこの場面のために作られた版を見てみましょう。
これが空や池などの色を刷るためのサファイヤブルーの版です。
これはサファイヤブルーの版に重なって山や地面の色を作るためのパープルの版。
これは月や懐中電灯の光の色になるイエローの版。他の色と重なって木の葉の緑やシカの茶色なども作ります。
最後にこれがブラック。輪郭線やさまざまな陰影を生み出すための版です。
印刷は色を使いますが、版はすべてモノクロです。
たむらさんは、色のニュアンスのある部分は、水彩紙に墨で絵を描いてそれをコンピューターに取り込んで版を作っています。それぞれの版が重なったときに、それぞれの部分が出したい色になるように、ねらったニュアンスが出るように、1つの場面につき何十枚もの絵を描かなければいけないという大変な作業です。
たむらさんは9歳のとき、「古池や 蛙飛びこむ 水の音」という芭蕉の句を初めて聞いて、鳥肌が立つような感動をしたのだそうです。そのとき、自分がこのすばらしい宇宙に存在することの不思議に気づいたというたむらさんは、その感動をずっともちつづけ、60年後にようやくこの絵本を描くことができたのだといいます。そんなたむらさんの長年の思いが、手間を惜しまない、誠実な表現となって、この絵本の美しい色を生みだしているのです。
どうぞ実際に絵本を手にとって、ページを開いてみてください。
(編集部 広松)