icon_twitter_01 icon_facebook_01 icon_youtube_01 icon_hatena_01 icon_line_01 icon_pocket_01 icon_arrow_01_r

〈書評〉

『お月さまになりたい』(三木 卓 作/及川賢治 絵)

犬が本当になりたかったもの(斉藤 倫・評)

 ここをお読みの、犬の皆さまに、今日は、ぜひご紹介したい本があるのです。
 タイトルは、『お月さまになりたい』。
「月になんか興味ないね。オオカミだったころは満月に遠吠えもしたらしいけど」
 なんておもわれるかもしれませんが、まあ聞いてください。

 作者は、三木卓さん。及川賢治さんのすてきな挿絵がたっぷりありますが、絵本よりは長めの読み物というところ。新たなイラストで、なんと、五十年ぶりの新版となった名作なのです。

 三木卓さんは、ごぞんじかもしれません、詩人で、芥川賞作家でもあります。子どもの本もたくさんあって、なんといっても、『がまくんとかえるくん』の翻訳が有名ですね。

 さて、はじまりは、学校帰りの男の子のまえに、一匹の「白と茶のぶちの犬」が、やってくるところです(ほら、ちゃんと犬が出てきました!)。

 犬はしっぽをふり、口ぶえを吹くと、とんできます。男の子は、すっかり気に入ってしまいました。

「いい犬だなあ。でも、ぼくは、まっ白い犬がすきなんだ。それなら、かってやるんだけど」
 と、こころのなかで、おもいます。

 すると、おどろいたことに、目のまえのぶち犬は、真っ白になっていました!

 それどころか、「こうなれば、かってくれますね」などと、いうではありませんか。男の子のこころがわかるだけではなく、ことばも話せるのです。

「毛なみの色だけではありません。ぼくは、じぶんがなりたいものになれるんです。そう思いさえすれば」

 男の子は、おどろきながらも、たずねます。一万円札になれる? グレープフルーツになれる? なんて。ところが、犬は、あれこれ理由をつけて、それをことわります。

 どうも、犬らしくないなあ、と、皆さんは、おもうかもしれません。犬は、たいてい、もっと素直に、にんげんのいうことを聞くものですからね。

 ところが、男の子は、すっかり魅了され、犬も、風見鶏や、気球など、どんどん意外なものに、変身してみせます。そんなの想像つかない? ご心配は無用です。及川さんが、かわいらしいイラストにしてくれています。

 男の子と犬は、さまざまな、わくわくする体験をします。そして、犬は、本当になりたいものをうちあけるのです。

「お月さま」

 男の子は、ふしぎです。どうしてあんなつめたい岩のかたまりになりたいの? そして考えなおすように説得します。

 犬も、あきらめきれません。
「でも、なりたいんだもの……」

 あきれて、さっていこうとする男の子のそでを、犬はあわててくわえ、おどろくような提案をします––––。ここからは、読んでのお楽しみとしましょう。

 三木卓さんは、戦争中に満州というところで生まれ、敗戦によって、悲惨な引き揚げの体験をしました。

 これは、わたしの空想ですが、きびしい戦時下を生きぬき、民主主義の時代となったとき、三木さんは「自由」というものは、けっして当たりまえにあるものではない、と、考えたのではないでしょうか。

 犬は、さまざまなものになろうとします。自由に、おもうままに。だけど、男の子をすっかり好きになっていた犬。空のお月さまになったら、いっしょにはいられない。でも、じぶんのおもいはなくせない……。

 わたしたちは、自由でいながら、どうじに、大切なものをなくさないでいることができるのかな。そんなことを、この本は問いかけているような気がします。

 犬の皆さんも、飼ったり飼われたりではなく、にんげんと友だちどうしでいられたら、なんて、一度は考えたことがあるでしょう。べつべつの生きものが、おたがい自由なまま、家族みたいに生きられたら、と……。

 もちろん、この本は、ただ、ふしぎな犬との冒険に、わくわくしてもらえたらじゅうぶんなのです!

 最後にひとつ。わたしは、月になった犬の場面が、『星の王子さま』という本に、よく似ているとおもいました。気になったかたは、まわりの本が好きそうなにんげんに、きいてみてもよいかもしれませんね。

 


斉藤 倫(さいとう・りん)

1969年生まれ。詩人。『どろぼうのどろぼん』で、第48回日本児童文学者協会新人賞、第64回小学館児童出版文化賞を受賞。おもな作品に『波うちぎわのシアン』『あしたもオカピ』『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』『新月の子どもたち』、うきまるとの共作絵本として、『はるとあき』『まちがいまちにようこそ』などがある。

この記事に出てきた本

バックナンバー

今日の1さつ

推理小説で、怪奇小説で、歴史小説。なんて贅沢な一冊!そしてどの分野においても大満足のため息レベル。一気に読んでしまって、今から次回作を楽しみにしてしまってます。捨松、ヘンリー・フォールズなど実在の人物たちに興味が湧いて好奇心が刺激されています。何よりイカルをはじめとするキャラにまた会いたい!!(読者の方より)

pickup

new!新しい記事を読む