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〈書評〉

『水まきジイサンと図書館の王女さま』(丸山正樹 作/ 高杉千明 絵)

このミステリ! 子どもたちが「手話」を知るきっかけに。(横山和江・評)

 一般的に日常生活で手話を目にする機会といえば、テレビでの手話通訳くらいだろうか。ある日、テレビを見ていた家族が手話通訳の方を見て、「あんなに表情をつける必要があるのかな?」とつぶやいたのを聞き、手話は「手を動かして話す」くらいの認識の人にとっては違和感があるのかもと気づき、知らないことは偏見を生むのだと実感した。日本語対応手話と日本手話がまったくちがうこと(前者は日本語に手の動きをひとつずつ当てはめたもので、後者はNMS(非手指作)と呼ばれる顔の表情や眉の上げ下げ、口の形や頭の動きなどが重要な意味を持つ)さえよく知らなかったわたしだが、『目で見ることばで話をさせて』(アン・クレア・レゾット作/岩波書店)という、ろうの作者が書いた歴史フィクションを翻訳するために自分なりに学んだ。

 その際に大いに参考にしたのが丸山正樹さん著作の『デフ・ヴォイス〜法廷の手話通訳士』の「デフ・ヴォイス」シリーズ(文藝春秋、東京創元社)。主人公の荒井という男性の家族は、本人以外は全員ろう者だ。そのため小さいころから手話でコミュニケーションをとり、ろうの親のために通訳する役割を担っていた「コーダ」(Child of Deaf Adults:聞こえない親か生まれた聞こえる子ども)である。事件の当事者となったろう者のために通訳をする、手話通訳士の仕事を通して明らかにされる謎ときはもちろん、ろう者の日常生活や、ろう者を取り巻く社会問題や歴史が細かく描写されており、とても勉強になった。

 前置きが長くなったが、「デフ・ヴォイス」シリーズのスピンオフであり、丸山さんがはじめて子ども向けに書いた作品が『水まきジイサンと図書館の王女さま』だ。主人公の美和は荒井の再婚相手の娘で、荒井を「お父さん」ではなく「アラチャン」と呼んでいる。「デフ・ヴォイス」シリーズに登場する美和は小学2年生から中学生に成長していたので、小学4年生での話が読めるのは、うれしいサプライズだった。

 ところで、主人公の美和と同級生の英知は手話でおしゃべりする。美和は小さいころに手話に興味をもちアラチャンから教えてもらい、英知は場面緘黙症という症状があり声に出す会話が不得手なため小学2年のときにアラチャンから手話を習った。英知とおしゃべりできて便利だと喜ぶ美和に対し、聞こえない人とも手話で会話できるようになってほしいとアラチャンは伝えていた。

 そんなふたりが下校途中に寄る図書館で出会うのが「図書館の王女さま」、そして美和が集団登校で毎朝あいさつを交わす老人が「水まきジイサン」。ある日、美和の登校ルートで複数のネコが吐くようになった。美和は刑事である母親に警察で捜査してくれるよう頼むが断られたため、それなら自分で事件を捜査する!と、英知とふたりで謎ときをはじめる。その経験を通し、美和は、アラチャンから「手話は聞こえない人たちにとって大切な言語である」といわれた意味を少しずつ理解していくのだった。

 美和の行動力に少しハラハラしつつ、英知との連携がすばらしい。子どもとは思えないほどの英知の観察力は、人とのコミュニケーション方法が限られているせいかもしれない。荒井の出番は多くないものの、美和を見守るやさしいお父さんのすがたを垣間見られうれしくなった。

 丸山正樹さんの描く登場人物は、少し悲しみを抱えた人が多く、謎がとけると心がじんわり暖かくなる。それは人に対する、やさしいまなざしから来ているのだろうと想像する。本書を読んだ子どもたちは、さまざまな状況にある人たちの存在を知るだろう。それは、未来を担う子どもたちが社会への理解を深めるきっかけになるはずだ。そして、見た目で人を判断せず、少しでも「相手を理解しよう」と視野を広げる一助になるものと信じている。

 巻末には、本文で登場する手話と五十音の手話が挿絵入りで付記されており、読みなおしながら練習できるので、ぜひ実践を!(物語に登場する手話のなかで、わたしが一番好きなのは「友だち」です)


横山和江(よこやま かずえ)

埼玉県生まれ。山形県在住。こどもの本の翻訳者。訳書に「ベネベントの 魔物たち」シリーズ(偕成社)、『目で見ることばで話をさせて』 『ほしのこども』(ともに岩波書店)『地球のことをおしえてあげる』 『キャラメル色のわたし』『山は しっている』(すべて鈴木出版)、 『サディがいるよ』(福音館書店)、『きみはたいせつ』(BL出版)、 『ジュリアンはマーメイド』(サウザンブックス社)など。やまねこ翻訳クラブ会員。

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