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〈書評〉

『博物館の少女 騒がしい幽霊』( 富安陽子 著)

明治時代だからこそ起こりうる、あやかし譚( 越高一夫・評)

 前作『博物館の少女 怪異研究事始め』に続いて、物語のミステリアスな展開の面白さに惹かれて一気に読むことができた。近代化が進み、古いものと新しいものがせめぎ合う明治時代だからこそ起こりうる、あやかし譚を楽しむことができ、大満足である。

 また、大阪からひとりで上京し、不安だらけだった主人公の少女、花岡イカルが、博物館の仕事にも少しずつ慣れ、前作以上にひたむきに、いきいきとくらしている様子が描かれていて嬉しくもなった。

 当時、女性が博物館で働くのはめずらしいことだったと思うが、イカルは田中館長に目利きの才を認められ、博物館の中にある怪異研究所で、織田賢司(トノサマ)の手伝いをすることになったのである。

 さて、前作では、博物館の中にある古蔵から黒手匣が消えていることにイカルが気づき、トノサマが、隠れキリシタンゆかりともいわれるその匣に隠された秘密を解き明かしていくところが最も興味深かった。教会の孤児院でくらす少女おみつのゆくすえと併せて、永遠の命を生きつづけることのつらさに思いをめぐらし、心が震えたのを覚えている。

 本書の冒頭でも、近代化が進む時代にあって、迷信や祟りなどを信じる呉服問屋、五十鈴屋の人たちが登場し、幽霊騒動を起こしたりしている。

 ある日、婚約中の陸軍卿、大山巌様と山川捨松嬢の二人が博物館を訪れることになり、その案内をイカルが担当することになった。最初は緊張していたイカルだが、すらりとした洋装の美人、捨松が会津弁で「おら、会津の生まれだ」というのを聞いて、その落差に驚き、緊張もゆるみ、無事大役をはたすことができたのである。

 女性も男性と同じ知力を神から授かっているという捨松の信念は、その時代を生きていくイカルや河鍋トヨなど女性へのエールのように感じられた。

 サブタイトルの「騒がしい幽霊」とは、海外で数多く報告されている怪異現象、ポルターガイストのことで、なんの原因もなく、突然きまぐれに起こりはじめ、またしばらくして理由もなくおさまるのが特徴だという。

 捨松の兄、山川健次郎が怪異研究所のトノサマを訪ねてきて、大山家に起きているポルターガイストについて調べてほしいと願い出た。イカルと謎の少年アキラの協力もあり、トノサマは見事な推理で真犯人を割り出すことに成功する。いったいどういうことが起きていたのか、気になるところだ。

 また、つかず離れずの関係にいたイカルとアキラだが、今回の事件を通して、お互いがお互いを思いやれるようになり、二人の距離はぐっと縮まっていく。その様子は読んでいてほほえましく、トノサマでなくても応援したくなるのでは。

 前作と同様、実在の人物が多く登場するが、織田賢司(トノサマ)をはじめ、河鍋暁斎とトヨの父娘、そして大山巌や山川捨松などが、それぞれのエピソードも含め、魅力的に描かれていて、詳しく調べてみたくなる。

 妖怪や山姥などが出てくる話を祖母や叔母から聞いて育った作者の中には、柳田国男の民俗学に通じる物語の源泉があって、そこからこれからもアイデアが湧き出てくるようだ。

 『博物館の少女』は、今まで作者が書いてきた児童書の枠を広げ、YA世代から大人までの読者に愛読されている。私の店で行っている大人の読書会でも、参加者全員がその面白さに太鼓判を押したので、テキストに選んだ側としては誇らしかった。その面白さの理由は、わかりやすい文体と、ストーリーテラーとしての才能がいかんなく発揮されているからだと思っている。目には見えないものを信じる力が生きていく上で大切なのだという作者のメッセージをしっかりと受け止めたい。


越高一夫(こしたか・かずお)

1951年生まれ。長野県松本市で児童書専門店「ちいさいおうち書店」を営む。JPIC読書アドバイザー。朝日新聞『子どもの本棚』の選書を担当。〈ヤングアダルト文学講座〉〈絵本の読み聞かせ講習会〉などのテーマで講師を務めている。

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