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ドブルーフッチ!降矢ななのおいしいスロバキア

第6回

Medvedí cesnak(メドヴェジーツェスナク)熊ニンニク

「ドブルーフッチ!」とは、スロバキア語の「めしあがれ!」です。直訳すると「良い味を!」という感じ。つくった人や食卓に同席する人が、食べはじめる人に向かってかける言葉です。
このエッセイでは、中央ヨーロッパの一国、スロバキア共和国に暮らす降矢ななが、思い出や経験をからめながらスロバキアのおいしいものをご紹介します。
さぁ、みなさま、ドブルーフッチ!


 3月に入り、私の住む町ペジノクもずいぶん春らしくなってきました。冬の間アトリエの窓から見えていたモノクロの風景に、ふんわり黄緑と桃色のうすい膜をかけたようです。聞こえてくる小鳥たちのさえずりも愛の歌に変わりました。

 こんな気持ちのよい春の日を、「緊急事態宣言」の発令された国で過ごしているとは、悪い冗談のようです。スロバキア共和国は、コロナウィルス感染の拡大をおさえるために、3月13 日以降の出入国制限、イベントの中止や16日から2週間の全国一斉休校(保育園を含む)など、人々の生活の規制する法を発令しました。その決定は、あまりにも性急だったので、人々は混乱しています。まずはじめに、ドラッグストアの抗ウィルスティッシュやゲルの棚が、あっという間に空っぽになり、次にスーパーマーケットの果物、野菜、缶詰……。でも、スロバキア人は、普段から庭で野菜や果物を育て、保存食を作る習慣があるので、食料に関してはそれほど心配ないと思うのです。ただ、保育園も含む一斉休校に、共働きがふつうのこの国の人たちは、どうやって対処していくのか心配です。何かあると、おじいちゃん、おばあちゃんが孫のめんどうをみて、働き盛りの世代を助けるのがあたりまえだったのに、ウィルス感染で一番危険になるのは年寄りとなると、それも頼りにできません。

 「緊急事態宣言」がでた翌日の朝、夫のペテルと私は、犬のハルの散歩を兼ねて、近くの山にメドヴェジーツェスナクを採りに行くことにしました。直訳すると熊ニンニク。日本の行者ニンニクによく似たネギ科の植物で、葉っぱを食べます。冬のあいだ新鮮な野菜の乏しかった食卓へ、春一番にやってくる山菜です。お店で買う果物や野菜より、ずっとビタミンが豊富のはず。

 まだ寒さの残る早春の朝、私たちはコートを着て帽子をかぶり、我が家から車で5分ほど走ったところにある貯水湖へ向かいます。そこからハイキングコースを登っていくと、ナラ林の中を流れる小川にたどり着きます。まだ若葉のでていないナラの木々が空にむかって高く伸び、地面の上に影を落としていました。その小川沿いの湿った地面の上に広がる緑色の帯が、熊ニンニクの群生です。今年もまたいつものように春はやってきてくれたのです。

 ぬれ落ち葉が朽ちた地面から伸びている、熊ニンニクのやわらかい葉の根本をつかんで摘み取ると、ニラのような香りがパッと広がります。指先が青い汁で染まって、ニラ臭くなります。ペテルと私が摘んでいるあいだ、ハルはあたりをせわしく歩き回りながら、地面のあちこちの臭いを嗅ぎまわっています。この辺りの山にはイノシシもたくさんいて、林の中の地面はあちこちほじくり返されているのですが、熊ニンニクが掘り返された様子はありません。イノシシは熊ニンニクを食べないみたいでよかった。イノシシと競争するのはいやですからね。

 摘んできた熊ニンニクは、洗って生のまま、バターやクリームチーズを塗ったパンやハムといっしょに食べます。やわらかい葉っぱは、まさにニラのような味で、噛みしめるとちょっぴり辛味があります。ジェノベーゼにしてパスタにあえる人もいますが、我が家ではこれをしょうゆ漬けにします。すこし酢を足したしょうゆにつけておくと日持ちもするし、肉料理とご飯にとてもよく合います。熊ニンニクをむしゃむしゃ食べればコロナウィルスなど寄ってこないような気がするけど、どうでしょう。

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  • 降矢なな

    降矢なな

    1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学・版画科卒業。作品は、『めっきらもっきらどおんどん』『きょだいなきょだいな』『おっきょちゃんとかっぱ』『ちょろりんのすてきなセーター』『ちょろりんととっけー』『ねぇ、どっちがすき?』「やまんばのむすめ、まゆ」シリーズ(以上福音館書店)、「おれたち、ともだち!」絵本シリーズ(偕成社)、『いそっぷのおはなし』(グランまま社)、『ナミチカのきのこがり』(童心社)、『黄いろのトマト』(ミキハウス)、『やもじろうとはりきち』(佼成出版社)など多数。年2回刊行誌「鬼ヶ島通信」にてマンガを連載中。スロヴァキア在住。

今日の1さつ

2年前から一人暮らしです。書店で本を目にして、トガリネズミの愛らしいすがたに、つい買ってしまいました。主人公がとてもかわいくて、1ページ、1ページ色んなことを想像して、楽しくて、最後読み終わったとき、「そっか〜良かったね」と声が出てしまいました。ほんわかとやさしい気持ちになり幸せでした。(60代)

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