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ドブルーフッチ!降矢ななのおいしいスロバキア

第11回-1

Domáca zabíjačka (ドマーツァ ザビーヤチカ)家庭での屠畜 前編

「ドブルーフッチ!」とは、スロバキア語の「めしあがれ!」です。直訳すると「良い味を!」という感じ。つくった人や食卓に同席する人が、食べはじめる人に向かってかける言葉です。

このエッセイでは、中央ヨーロッパの一国、スロバキア共和国に暮らす降矢ななが、思い出や経験をからめながらスロバキアのおいしいものをご紹介します。 さぁ、みなさま、ドブルーフッチ!


 昨年の秋に21歳になった娘・七海子がまだ2歳か3歳のころまで、義父母の家ではブタを飼っていました。裏庭のすみに電気のこぎりや薪が置いてある作業小屋があり、その一部が、ウサギ小屋、ニワトリ小屋、そしてブタ小屋でした。どれも食料のための飼育です。
 夫の実家を訪れるようになり驚いたことのひとつに、食事をした後の食器を、まずは大きめの鍋にはったぬるま湯の中で一回すすぎ、食器に残った料理のかすやソースをそこで落としてから、洗っていたことです。油を落としてなるべく洗剤を使わないように……というのではありません。食器を一度すすいだぬるま湯は、ブタのエサに使うのです。お皿にのこったわずかな残飯も無駄にしないのです。リンゴの芯やニンジンの皮、ローストチキンの骨など残飯もみんな台所の片隅の古い鍋に取っておきます。義父は1日に2回、それらの残飯と大麦を食器をすすいだ水といっしょに煮込んで、ブタのエサを作ります。ただし、オレンジやバナナの皮といった人間も食べないものは混ぜません。

 夏休みなど、実家に長居をすることがある時、娘はおじいちゃんといっしょにブタにエサをやりにいっていました。おじいちゃんと手をつないでブタ小屋から戻ってきた娘が、幼児言葉で「ブタちゃんがごはんたべてた」と報告するのを、義母は食事のしたくをしながら、楽しそうに聞いていました。ちなみに大人になった娘はそんなことはまったく覚えていないそうで、とても残念です。

 スロバキアの学校は、7、8月が夏休みになります。保育園もまるまる1ヶ月間夏休みになります。共働きがあたりまえの国で、小さな子どもに1ヶ月も2ヶ月も家に居られては仕事になりません。夏休み中、いくつものサマーキャンプに申し込み、子どもをそこに送り込む親や、夫婦で交代に夏休みを取り何とかしのぐ人たちもいますが、多くの家庭で頼りにされているのが、おじいちゃん、おばあちゃんの存在です。夫ペテルの実家でも、夏休みになるとわらわらと孫たちが集まってきて、1ヶ月ほどいっしょに過ごします。一人っ子の七海子も夏休みの実家に行けば、年上の従兄姉たちといっしょに祖父母の庭や作業小屋や畑、屋根裏部屋で、濃密な子ども同士の時間を過ごすことができました。そんな娘の姿は、私自身の幼少期の夏休みと重なって見えました。実際はたぶんほんの数日間のことだったのでしょうが、私も祖父の庭のぶどう棚の下で、兄と従兄妹と祖父のリヤカーを借りて遊んだり、夜遅くまで布団の中でふざけて眠らず怒られた、夏の日の記憶は鮮明に残っています。私の田舎の夏休みから時間も空間も遠く離れたスロバキアの祖父母の元で、幼い頃の自分と同じような日々を過ごしている娘の姿を見ていると、ここで子育てすることができて良かったとしみじみ思ったものです。

 そんなある夏休みの一日、いつもは孫たちが祖父の工具を自由に使って工作のできるガレージの床に、青いビニールシートが引かれ、そこに山盛りの大麦の粒が運ばれてきました。ブタとニワトリの飼料です。広げて陰干しさせた後に、粉砕機で細かく砕きます。
 ところが、ブタやニワトリよりも先に、大麦の山に大喜びしたのは子どもたちでした。たちまち山は崩され、大麦の粒の上で寝転ぶ子。粒の中に体をすっぽりうずめる子。当然大麦の粒はシートの上からはみだして広がります。なのに、義父はすぐには怒らず、しばらく子どもたちを好きなようにさせてくれました。何て懐が広いおじいちゃん。

 毎日2回、義父が作る特製のエサをブタはモリモリ食べて、2月頃には体重が120㎏を越えるくらいまで育ちます。そして、寒さが一番厳しい頃に、屠畜の季節を迎えます。

*第9回につづき、前後編になります。後編は2か月後(5月20日)にアップします。
モリモリ食べたブタの屠畜の様子とは……。ぜひお待ちください。

(つづく)

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  • 降矢なな

    降矢なな

    1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学・版画科卒業。作品は、『めっきらもっきらどおんどん』『きょだいなきょだいな』『おっきょちゃんとかっぱ』『ちょろりんのすてきなセーター』『ちょろりんととっけー』『ねぇ、どっちがすき?』「やまんばのむすめ、まゆ」シリーズ(以上福音館書店)、「おれたち、ともだち!」絵本シリーズ(偕成社)、『いそっぷのおはなし』(グランまま社)、『ナミチカのきのこがり』(童心社)、『黄いろのトマト』(ミキハウス)、『やもじろうとはりきち』(佼成出版社)など多数。年2回刊行誌「鬼ヶ島通信」にてマンガを連載中。スロヴァキア在住。

今日の1さつ

とつぜん魔女が現れていろいろな話を聞かせてくれるということが不思議で一気に読んでしまいました。岡田さんの本は他の本も場所が学校のものが多くていろいろ想像しながら読めるので何度も読みました。(11歳)

pickup

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