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ドブルーフッチ!降矢ななのおいしいスロバキア

第13回

Slivkový koláč (スリウコヴィー コラーチ)プルーンケーキ

「ドブルーフッチ!」とは、スロバキア語の「めしあがれ!」です。直訳すると「良い味を!」という感じ。つくった人や食卓に同席する人が、食べはじめる人に向かってかける言葉です。

このエッセイでは、中央ヨーロッパの一国、スロバキア共和国に暮らす降矢ななが、思い出や経験をからめながらスロバキアのおいしいものをご紹介します。 さぁ、みなさま、ドブルーフッチ!


 この夏、スロバキアでは冬の危機的なコロナ感染状況がウソのように穏やかで、人々は夏のバカンスを思いきり楽しんでいました。店内や病院など屋内ではマスク着用は必要ですが、それ以外の場所ではマスクなしは当たり前。ワクチン接種が効いているのだと思いたいですが、スロヴァキアは国民の約半数がワクチン接種に懐疑的で、10月半ばの時点でも2回接種を終えている人は、国民の約50%。EU諸国と足並み揃えて接種を開始したのに、今や世界の平均以下レベルにとどまっています。スロバキア国民の接種拒否の一番大きな理由は、現政権や既得権益への不信です。大都市に住む人々のワクチン接種率は高く、地方の小さな町や村にいくほど低くなります。私自身は、ワクチン接種は強制ではなく個々の判断に任せるべきだと思っていますが、国民の約半分が拒否しているスロバキアの状況には強い不安を感じてしまいます。国民の生活や意識が大きく2つに分かれている象徴だと思うからです。
 この問題について夫のペテルと話をすると、いつも気まずい雰囲気になってしまいます。彼は私がスロバキア人を非難していると感じるようですし、事実、私にはこの約50%という数字の理由を知りたくて、ついつい彼を責めるような言葉遣いをしてしまう……。コロナ禍が1年半以上続く中、私の気持ちもすさんできているようで、そんな自分を意識しながら日々暮らしています。前ぶりが長くなってすみません。本題に入ります。

  8月半ば、東スロバキアの義父母を訪ねたついでに、近くの村にいる義姉のマルツェラと夫のラスチョに会いにいきました。そこは義父母の生まれ育った村です。数年前にずっと一人暮らしだった義父の母が亡くなり、その家と土地をマルツェラ夫妻が買いとり、ふたりでコツコツと家の改築作業をしているのです。ふだんふたりは、北スロヴァキアの山間の街レボチャに暮らしていて、週末になると車で片道2時間ほどかけてここに通ってきます。
 義父の生家は、庭が広く、そこにはりんごや洋ナシ、プルーンの木がたくさん植わっています。お祖母さんが生きていた頃は、プルーンが豊作の年は、家族や親せきが集まり庭に薪で火をおこし、一晩中かけて大きな銅鍋いっぱいのレクヴァル(ジャムの一種)を大量に作ったものです。一方レボチャは、タトラ山脈の近くの寒さが厳しい地方にあり、育てられない野菜や果樹がたくさんあります。ラスチョは前々からプルーンの木のある庭をずっと夢見てきました。なぜなら、彼の夢は、そのプルーンの実で自家製のスピリッツ・スリヴォヴィツァを作ることだったからです。そして彼はとうとう夢の庭を手に入れたわけです。

 昔から酒造りに興味のあったラスチョは、大学を卒業すると酒造会社に勤めていましたが、会社が倒産し、その後いくつかの仕事を転々として現在は車検関係の仕事についています。マルツェラはレボチャの市役所に勤めていましたが、市役所時代に身につけた地域情報の知識を見込まれ、ごみのリサイクル会社に引き抜かれ働いています。
 ふたりとも月曜から金曜日までしっかり仕事をすると、週末はこの家にやってきます。そして、庭に野菜や花を植え、夏になって果物の実が熟すとお酒造りの準備をします。現在スロバキアでは自宅での蒸留作業は禁止されています。収穫した果物等を細かく刻み、容器にいれて発酵させるところまで行い、それを蒸留工場に持っていき、アルコールを抽出してもらうのです。自家製のスピリッツは、市販のものよりアルコール度が高いことが多く、ラスチョの作るものも52%以上です。果物の香りも味も市販よりずっと豊かで、混ぜ物も入っていないので悪酔いもしません。お酒に弱い私でさえ、なめた時、「あ、おいしい」と思うのですが、すぐ真っ赤になって寝てしまうので、ほとんど飲むことができません。残念!

 そして、彼らのもうひとつの楽しみは、敷地内に立った中古の家を改築していくこと。ふたりともお金にそれほど余裕があるわけではないこともあり、すべて自分たちで(ときどき、息子が手伝って)行っています。年老いたお祖母さんが住んでいた時は、テレビとベッドのある部屋と台所とお風呂場くらいしか使っていなかったので、残りの応接間やよくわからない空間は、湿ってひんやりし時間が止まったようになっていました。そんな家の中を片づけ、開けられない窓をこじ開け、壁を削って古い漆喰を落としきれいに塗り直し、床にタイルをはって、ドアを取り換えて……。この夏に見せてもらった家は、去年見せてもらった時と、それほど大きな進展はなかったように思えたけれど、マルツェラは、新しく付け替えるドアをペテルや私に見せながら、本物の虫食い跡があって、にせもののアンティークではないのだと自慢します。夜暗くなると庭に作った簡易シャワーの冷たい水で体を洗い、新しいタイルの貼られた部屋のベッドで眠ります。そうそう、その前はマットレスの上で寝袋を使っていたので、確かに進展しています。

 ふたりは好きなことを好きなようにやり満ち足りて暮らしています。誰が何と言おうともこうしたいと思うことをやり、それについて誰かの評価を仰ぐ必要もありません。私は、そんなふたりを見ていると、自由だなぁと思い、しあわせって何なのだろうと考えさせられるのです。私の仕事は絵本を作ることです。私はその仕事が好きで作ることに喜びや充実感を感じています。と同時に、私はそれを生業としているので、作ったものが他人から評価され、売れることで、生活費を稼いでいます。私は自分の好きなことを好きなようにやっているようでいて、実はそうではないのです。好きなことが仕事になっていいね、とよく言われるけれど、いつも誰かからの評価を期待しながら、自分の一番好きなことをしているって、ときどきとてもしんどいです。だけど、描いたものは誰かに見せたくなって、喜んでもらえると嬉しくなって……で、つねに評価を期待して、苦しくなる、の無限ループ。

 マルツェラがプルーンのケーキを焼いてくれました。こちらの人たちが良く作る、オーブンに入れるバット全体にスポンジケーキ生地を流し込み、上に種を抜き半分に切った生のプルーンをのせて、ぽろぽろしたクランブル生地をかけオーブンで焼いた、シンプルなお菓子です。初夏はサクランボ、あんず、夏は洋ナシと季節のくだものを使い、いろいろな味を楽しむことができる万能菓子。マルツェラはこれを作る時、材料の計量はコップひとつでざっくりおこない、とても手早く作ります。お菓子ってこんなにカジュアルに作れるんだと驚きます。甘めのスポンジにかぶりつくと、中から酸味のある焼けてやわらかくなったプルーンがジュワッと口の中でとろけます。
 夜中、真っ暗な庭に出て見ると、空に流れる天の川が見えました。ペルセウス流星群の時期だったので、しばらく眺めていると、すぅーっと白い光の線があらわれ、消えました。無数の星々がちりばめられた夜空を仰いでいると、私はその圧迫感に押しつぶされそうな感覚になります。この宇宙の中で、自分はこんなにちっぽけなんだと思ったら、何だか気持ちが楽になってきました。

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  • 降矢なな

    降矢なな

    1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学・版画科卒業。作品は、『めっきらもっきらどおんどん』『きょだいなきょだいな』『おっきょちゃんとかっぱ』『ちょろりんのすてきなセーター』『ちょろりんととっけー』『ねぇ、どっちがすき?』「やまんばのむすめ、まゆ」シリーズ(以上福音館書店)、「おれたち、ともだち!」絵本シリーズ(偕成社)、『いそっぷのおはなし』(グランまま社)、『ナミチカのきのこがり』(童心社)、『黄いろのトマト』(ミキハウス)、『やもじろうとはりきち』(佼成出版社)など多数。年2回刊行誌「鬼ヶ島通信」にてマンガを連載中。スロヴァキア在住。

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冬の冴えざえとした、リンとしたお月さまが大好きでした。でも今回ふんわりあったか〜いお月さまの話……とても感動しました。ありがとうございました!(67歳)

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