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ドブルーフッチ!降矢ななのおいしいスロバキア

第12回

Parené buchty s lekvárom(パーレネーブフティ ス レクヴァーロウ)レクヴァル入り蒸しまんじゅう

「ドブルーフッチ!」とは、スロバキア語の「めしあがれ!」です。直訳すると「良い味を!」という感じ。つくった人や食卓に同席する人が、食べはじめる人に向かってかける言葉です。

このエッセイでは、中央ヨーロッパの一国、スロバキア共和国に暮らす降矢ななが、思い出や経験をからめながらスロバキアのおいしいものをご紹介します。 さぁ、みなさま、ドブルーフッチ!


 スロバキアで子育てをして驚いたことの一つに、子どもたちの食べ物の好き嫌い問題がありました。娘がまだ小さいころ住んでいた団地生活で知り合ったママ友の中には、子どもが甘いお菓子ばかり欲しがり、ご飯を食べさせるのにとても苦労している人が何人もいましたし、保育園の娘の友だちが我が家に遊びにきたときに、甘いもの以外のおやつをすすめると「いらない」と、にべもないのです。私が小さかったころの日本は、食べ物の好き嫌いは悪いことで、何かをすすめられたら本心とは別に礼儀としてある程度食べてみるとか、どうしても食べられないときは、ごめんなさいと失礼のないようにお断りするとか、そのようにしつけられていた気がするのですが……いまは日本の子どもたちもスロバキアみたいなのでしょうか。

 娘の通っていた保育園のおゆうぎ会で、その後の懇親会用に、親がそれぞれお菓子や飲み物などを持ち寄る機会がありました。私はそのとき、家に知人からお土産にもらった抹茶があったので、それを生地にねりこんだ緑の葉っぱの形の手作りクッキーを用意することにしました。クッキーだけど和食テイストで、みんなに喜んでもらえるだろうと、ワクワクしながら持参すると、子どもたちのみならず親の反応も散々でした。15年以上もたったいまでは、日本の抹茶は世界の料理界になじみ、抹茶味のお菓子が海外へのお土産に喜ばれているというのに! あのとき私の緑の抹茶クッキーは、子どもたちから「シュレックのクッキー!!!」と言われ、手も出してもらえなかったのです。当時大ヒットしていたアニメ映画の主人公、怪物のシュレックです。彼が好んで食べていた緑色の食べ物と同等にあつかわれるなんて、何てかわいそうな私のクッキー。がっかりしている私を不憫に思ったのか、ママ友のひとりマケドニア人のベティーが、「おいしいよ。それに抹茶は健康的。」とひとりで何枚も食べてくれたのが、せめてもの救いでした。

 そんな好き嫌いの多い娘の友だちたちが、はずれなくおいしそうに食べてくれたおやつが、レクヴァルの入ったパーレネーブフティです。
 レクヴァルはジャムの一種ですが、砂糖をほとんど加えず、焦がさないように時間をかけて煮込み水分を飛ばした果物ペーストです。東スロバキア出身の夫、ペテルにとって、砂糖をまったく加えない100%プルーンのみが、ほんもののレクヴァルだそうです。

 ブフティは、日本のアンパンやクリームパンのような中に何かが入った菓子パンのこと。パーレネーは「蒸した」という意味なので、日本の「あんまん」の中身がジャムみたいな食べ物になります。
 お義母さんから教えてもらったパーレネーブフティは、蒸しあがったパンを鍋の中で焦がしバターであえて、それに粗くひいたくるみの粉と粉砂糖をまぶします。くるみの代わりにココアやケシの実をまぶす人もいますが、私はくるみが一番好き。レクヴァルにはプルーンの自然な甘みがありますが、普通のジャムよりはずっと控えめな甘さなので粉砂糖がかかると食べやすくなり、粗びきのくるみが食感に変化を与えてくれます。私は「焦がしバター」というものを義母から教わるまで知りませんでした。弱火にかけて溶け切ったバターをそのまましばらく熱し続けることで、鍋の底の方にオレンジ色のおこげが出てきて、溶かしバターに香ばしさが加わるにことに感動してしまいました。ブフティの生地は、もちろん小麦粉に生イーストを加え発酵させて作ります。

 市販の甘いお菓子ばかり欲しがる娘の友だちが、できあがったばかりのパーレネーブフティをうれしそうに食べてくれると、夫も私も何だかホッとしたような気持ちになりました。100%プルーンのレクヴァルはビタミンやミネラルも豊富で、パーレネーブフティは1回の食事代わりにもなるのです。 

 ペテルと私がまだ結婚する前、一時帰国する私にペテルがレクヴァルを一瓶、私の母へのお土産にと渡してくれたことがありました。そのとき私は、ホームメイドのジャムをくれたのだな、くらいの軽い気持ちで「ありがとう」と受け取っただけで、スーツケースに入れて日本に持って帰りました。結婚後に、実はレクヴァル作りが家族や親せきぐるみの一大イベントであることを知るわけですが、その話は次のエッセイで書くことにしましょう。

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  • 降矢なな

    降矢なな

    1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学・版画科卒業。作品は、『めっきらもっきらどおんどん』『きょだいなきょだいな』『おっきょちゃんとかっぱ』『ちょろりんのすてきなセーター』『ちょろりんととっけー』『ねぇ、どっちがすき?』「やまんばのむすめ、まゆ」シリーズ(以上福音館書店)、「おれたち、ともだち!」絵本シリーズ(偕成社)、『いそっぷのおはなし』(グランまま社)、『ナミチカのきのこがり』(童心社)、『黄いろのトマト』(ミキハウス)、『やもじろうとはりきち』(佼成出版社)など多数。年2回刊行誌「鬼ヶ島通信」にてマンガを連載中。スロヴァキア在住。

今日の1さつ

「シノダ!」シリーズを卒業した子どもたちに勧めたくて購入しましたが、大人の私が夢中になりました。実在の人物も含め、あれだけ豪華な人々を登場させてあるのだから、これだけで終わらせないでください。イカルとトヨ、2人の少女のこれからや、謎だらけのアキラ、トノサマなど、知りたいことが満載です!(読者の方より)

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