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作家が語る「わたしの新刊」

アーサー・ビナードが語る「エリック・カールの絵本『ありえない!』を訳して」

エリック・カールさんの最新刊『ありえない!』は、見開きごとに、奇妙な組み合わせや、立場の逆転したものが登場。「ありえない!」と思うことも、見方を変えてみると、ありえなくもないかも……? 遊び心にあふれたこの絵本について、訳者であり、詩人のアーサー・ビナードさんにお話を伺いました。

原題は”The Nonsense Show”です。初めてこの絵本を読んだときの印象はいかがでしたか?

たまげましたね。この世には、常識の範囲内で語ろうとしてもまるで伝わらないことがゴマンとあって、また常識そのものが偽りの場合も少なくありません。カールさんは、そんな実態をさぐり、表現する手段として「ナンセンス」と「シュールレアリスム」を生かしました。しかも、難しくせず、楽しくさわやかに。ぼくは「絵本でこんなことができるんだ!」と感じ入りましたよ。

言葉遊びをふんだんにつかった遊び心のある訳文です。訳すなかで、苦労したエピソードがありましたら、教えてください。

「サカサリーノはかせ」と「おくさま」が登場する場面(34〜35ページ)は、英語の伝承童謡「ジャック・スプラット」(*1)を土台にしています。でも、日本語で語ろうとするときには、その土台が蒸発してしまいます。

「サカサリーノ」のつぎに出てくる「カモ・アラート」の場面(36〜37ページ)でも、英語で生活する子どもたちみんなが親しんでいる風呂のおもちゃ「ラバー・ダック」が登場します。それをふまえて、カールさんは遊んでいるわけです。ところが、ゴムのアヒルに対する読者の親しみを、日本語ではあまりあてにできません。

となると、翻訳を基礎工事からやっておいて、ストーリーの基礎ができてから、それをゆかいにひっくりかえさなければなりません。そこまでしないと、ナンセンスは成立しないんですね。

もちろん絵のすばらしさ、おっかしさがあるので、ぼくがひらめきさえすれば、うまくいきます。ひらめくのに時間がかかった場面もありました。メチャクチャ試される翻訳でした。

(編集部注*1)英語の伝承童謡「ジャック・スプラット」
Jack Sprat could eat no fat.
His wife could eat no lean.
And so between them both, you see,
They licked the platter clean.
『マザー・グース1』(講談社文庫)より
 
最後の著者紹介まで見逃せないユーモアたっぷりの作品ですが、アーサーさんのお気に入りのページはどこですか?
 
「むかしむかし みらいの まんげつの よるでした」
 
こう始まる「一見開き物語」が、ぼくの中では、いちばん深まったと思います。どの絵も輝いているし、目うつりしてしまいますが。
 
 
一冊を通して「下剋上」というのが、とても大事なテーマになっていて、さまざまな形で描かれています。たとえば、ネズミがネコをつかまえて、ひもをつけて連行している場面は、わかりやすく典型的な「下剋上」。
 
一方、満月の下、イヌがニンゲンを捨てるというストーリーの逆転は、独特な悲しみとおかしみをかもしだしている。これも、古い伝承童謡「マン・イン・ザ・ムーン」(*2)が土台となって、「のらニンゲンになってしまったおはなし」にまで発展していきます。
 
(編集部注*2)
この場面の原文にはman in the moonが登場しますが、これは、月面の濃淡のもようが、枝木の束を背負った男に見えるという西洋の古くからの言い伝えが元になっています。
 

著者紹介の写真にも、カールさんの遊び心があふれています!

 
アーサーさんは、「ありえない!」から「ありえなくもないかも?」と考えが変わった経験はありますか?
 
世界は驚きに満ちているし、ほかの生き物の営む生活には「ありえない!」がいっぱいひそんでいるということを、小さいときにミシガンの川と湖で遊びながら実感していました。
 
ただ、もっと現実にドカーンと「ありえない!」が降りかかってきたのは、父親が飛行機事故で死んで、なにもかもひっくりかえったときですね。ぼくは12歳になったばかりでした。
 
20歳すぎて母国を離れて、そもそも自分が学校で教わった歴史がほぼすべてデタラメだったと気づいていったことも、「ありえないって、ありえなくもないんだ」という認識につながりました。なにせ、第一次世界大戦の定説はマヤカシであり、スペイン風邪が感染症だった定説もフィクションにすぎず、原爆投下が第二次世界大戦を終わらせた説もまったくの作り話ですから。
 
学校の歴史教科書にのっている解説より、妙なシュールレアリスムの美術作品のほうが、よっぽどマトモ。ま、幸いにしてカールさんの和訳をうけおう前に、ぼくはずいぶん学んでいたんです。
 
子どもたちにどんなふうに楽しんでもらいたいですか? アーサーさんだったら、どのように読みきかせしますか?
 
日本の寄席と同じように、つぎつぎとおもしろい芸人たちが出てきて、あっというまにパッと落としてその一席が終わる––––『ありえない!』はそういう作りなので、見開きごとに遊びが完結して、でも、それがつみかさなったときに不思議なつながりができてきます。
 
一見開き、一見開きのリズムを感じとり、メリハリをつけて勢いよく読むといいと思います。
 
「おあとがよろしいようで!」
 

おまけ

先日書いてもらったサインも、とってもユニークでした。アーサーさんのお名前と絵本の題名が一体化!?

 

アーサー・ビナード

1967年アメリカのミシガン州に生まれ、ニューヨーク州のコルゲート大学で英米文学を学ぶ。卒業と同時に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』で中原中也賞、『日本語ぽこりぽこり』で講談社エッセイ賞、『ここが家だ––––ベン・シャーンの第五福竜丸』で日本絵本賞を受賞。絵本に『くうきのかお』『さがしています』、翻訳絵本には『ホットケーキできあがり!』などがある。

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