「ドブルーフッチ!」とは、スロバキア語の「めしあがれ!」です。直訳すると「良い味を!」という感じ。つくった人や食卓に同席する人が、食べはじめる人に向かってかける言葉です。
このエッセイでは、中央ヨーロッパの一国、スロバキア共和国に暮らす降矢ななが、思い出や経験をからめながらスロバキアのおいしいものをご紹介します。
さぁ、みなさま、ドブルーフッチ!
2020年の年明けを、私は、夫・ペテルの両親、兄姉夫婦など総勢15人とともに迎えました。スロバキア人は、クリスマスを家族で静かに祝う神聖な日として過ごし、大晦日は、親しい友人や家族たちと楽しくにぎやかにすごしながら新年を迎えます。我が家ではここ何年も、同じ町に住む友人たちとパーティーを開いてきました。それが昨年、ペテルと4歳年上の兄の「たまにはおまえの家できょうだい気兼ねなく年越ししたいよな」的な雑談から計画が少しずつ大きくなり、総勢15人の家族パーティーをすることになってしまったのです。
私たち家族は、クリスマスもそこそこに、家の大掃除を始めました。私がまず最初に手をつけたのは、台所です。お姑さんがやってきて一番にチェックするのは、やはり台所でしょう。スロバキアの台所には、シュパイザーと呼ばれる食物貯蔵スペースがついています。台所に押し入れがあるような感じでしょうか。そこに、小麦粉とか干豆とか瓶詰など、保存食品を並べておきます。もう10年以上片づけていなかったシュパイザーの棚の奥から、大事に取っておきすぎて忘れていた賞味期限〇年前の日本食材があれこれ出てきて、捨てるべきか、食べるべきか……悩んだりしました。
30日の夜、東スロバキアから到着した義父母が持ってきてくれたのが、知人の手作りクロバーサとヤチェルニツァ(Jaternica)という豚肉のソーセージでした。スロバキアの人たちは、縁起をかついで大晦日には、羽のはえた生き物と魚の肉を食べません。しあわせが飛んでいったり、流れていかないようにです。足で地面を駆け回っているものなら良いらしいです。
スロバキアの地方では、自分の家で飼育した動物を自宅で殺して食べる生活が、今でも特別なことではなく続けられています。生活がモダンになった現代では、ブタや牛の飼育はさすがに普通の家では難しいですが、ニワトリやウサギはめずらしくありません。今はもう年を取って世話が大変なのでやめてしまいましたが、20年くらい前まで、義父母の家でもブタを飼っていました。ただ、自分で飼育できる動物の数はかぎられていますから、屠畜はそう度々はできません。自分で育てた生き物の肉はご馳走です。
ヤチェルニツァは、ブタの屠畜と解体の過程で出た肉の内臓やくず肉など腐りやすい部分をミンチにして香辛料と炊いたご飯をまぜ、大腸に詰め、熱湯でゆで上げて作ります。地方によっては、ミンチ肉にブタの血を混ぜ込んだ黒っぽいヤチェルニツァを作るところもあります。私が子どもだった頃、家の本棚にあった岩波文庫の『グリム童話集』の中に「血の腸詰」というものが出てきて(しかもそれが冒険する!)、非常に好奇心をかき立てられたのですが、スロバキアに来て、これだったのかとやっと謎が解けました。
義父母のお土産のヤチェルニツァはオーブンでこんがり焼き、大皿に盛りつけました。焼きジャガイモ、白いごはん、牛タンシチュー、ブタ肉のグリル、白菜の漬物、などなど、スロバキア料理と和食が並ぶテーブルを囲んで15人が座り、乾杯。人間は口が1つしかないのに、にぎやかにおしゃべりしながら料理を平らげ、ワインもラム酒も蒸留酒もお腹にどんどん納めていくのです。夜中零時すこし前にシャンパンのグラスをそれぞれに手渡し、年明けの瞬間に「おめでとう!」の乾杯。そして、義兄と義姉の夫は打ち上げ花火を持って、真夜中の寒い庭に飛び出していきました。近所のあちこちでも花火が上がり、花火の爆発する音とともに新しい年が始まりました。かわいそうに我が家の愛犬ハルは、花火が怖くて地下室のすみに隠れていました。こんな人間のバカ騒ぎにさぞかし呆れていたことでしょう。