子ぎつねヘレンのお話を知っているかい?
映画で見た?スケールの大きい感動的な作品だったよね。
でも少しの間だけ映画のことは忘れてくれないか。
僕は話したいのは、本当にいたヘレン・・北海道で一生懸命生きた小さな生命と、それを静かに見守った獣医さんのドキュメンタリーだ。
1996年、まだ雪の残る北海道の道ばたで、キタキツネの赤ちゃんが発見される。
北海道で野生のキツネは珍しくもなんともないけど、この子は何か様子がおかしかった。
1ヶ所から全然動こうとしない。人間が寄っても逃げないし、呼んでも反応がない。何十分待っても親ぎつねの姿は見えない。
その子ぎつねは保護され、獣医である竹田津先生(この本の著者)のところに運び込まれる事になった。
最初は先生も途方に暮れたらしい。
目の前にごはんを置いても、食べない。
暖かいミルクを口に入れても、吐き出してしまう。
はじめは野生動物だから用心深いだけかと思ったけど、なんだか様子が違う。
食べないんじゃなくて、それが食べ物だって事が、どうやら理解できないらしいんだ。
調べていくうちに、目と、耳と、それに鼻もだめになっている事が分かった。
見えない。聞こえない。そして何よりも臭いが分からないとしたら、とてもじゃないけど大自然の中で生きていくことなんかできない。
動物には汚れた足を自分でなめてきれいにする習性があるから、足にごはんをくっつけておけば
自分で掃除しようとペロペロなめるんじゃないかとか、いろんな方法を試してみるんだけど、うまくいかない。
子ぎつねはものすごくお腹がすいているはずなのに、泣きもわめきもせず、ただじっと何かを待つように立っているだけだった。
「この子、死にたがってるみたい・・」
ぞっとするシーンだ。
そこで竹田津先生と奥さんは、子ぎつねをお母さん代わりの親ぎつねに会わせてみる事にした。
メンコだ。
メンコは心の病気で、後ろ足としっぽを自分で噛みちぎってしまい、ずっと入院している。
だけど本当はすごく優しくて、子ぎつねに会ったとき、彼女は自分のご飯を一生懸命食べさせてあげようとするんだよ。
でも食べてくれない。
優しくされてるのに、敵か味方かも分からない。
食べ物をもらったって、それが毒かご馳走か、もしかしたら食べ物かどうかすら分からないで、子ぎつねはやせていく。
メンコは泣く。会ったばかりの小さな子どもに、食べなさい、生きなさいと泣く。
動物だから「鳴く」って書かなきゃいけないんだけど、ここは「泣く」が正しいと思う。
そして何度も、本当に何度も何度も、口移しでごはんをあげる。
何日かして、子ぎつねがはじめて母親を呼ぶ声をあげたとき、竹田津先生の奥さんは嬉しくて涙が出たそうだ。
それは子ぎつねが病院に来てからはじめて見せた、「生きたい」という意思表示だったから。
子ぎつねの名前はヘレンに決まった。
もちろん、三重苦を克服した実在の偉人、ヘレンケラーから取ったものだ。
ヘレンとメンコ、そして竹田津先生と奥さんの共同生活はこうして始まる。
ちょっと表紙を見返してくれないか。
この本のタイトルは「子ぎつねヘレンがのこしたもの」。
最後まで読み終えた君なら、もうわかるはずだ。
ヘレンの残したものが。
(販売部 西川)