日常の中で、ふと起こる不思議なこと…を、体験したことってありますか?
わたしは小学生のとき、自宅のあるマンションの正しい階に確かに帰宅したのに、自宅の部屋のドアが見つからず、泣きながら近所の知り合いのおばさんに助けを求めに行ったことがあります。おばさんと一緒にマンションへ戻ってみるとちゃんと家はあって、いつも通り母に迎えられ安堵しましたが、今でも「ぜったいにあの時うちは無かった」と思っています。
…というのはあまり良い経験ではないですし、おばけを見たとか、そういう怖い体験はちょっといやだけれど、それでも「朝起きてみたら、つくりかけだった靴が完成していた」というような、おとぎ話みたいな不思議な出来事って、わくわくするものです。(ちなみに靴ができているというのは、グリム童話の「こびとのくつや」です)
今回ご紹介するのは、そういうすてきなお話が詰まった一冊です。
タイトルは『水曜日のクルト』。6つあるお話の1話目が、表題作です。(タイトルからしておしゃれで可愛くて、わくわく!)
売れない絵描きの青年である「ぼく」は、「水色のふくふくしたオーバーを着て、おなじ布でできた、ずきんをかぶって」いる、金茶色の髪の毛の小さい男の子を、街の広場で見かけます。そのあとから「ぼく」には、いつの間にか持ち物をなくし、ふとした時にそれが見つかるという、ちょっと不思議な現象が起こりはじめます。こつぜんと消えたお気に入りのベレー帽が、後日道で行きあった「つるりとはげあがったあたま」のおじいさんを「寒そうだなあ…」と思った瞬間、おじいさんのあたまの上に出現したりするのです!
そして、お気に入りの物がなくなることにだんだん腹を立て始めた「ぼく」の前に、例の水色ずきんの「クルト」が現れ、「ぼく」はさらに不思議な体験をすることに…。
どこか遠い外国のお話のような「水曜日のクルト」。他に収録された5編もそれは同じなのですが、作者は大井三重子さんという日本の方です。この方、(恥ずかしながらこの本の解説を読むまで知らずにいたのですが)「仁木悦子」の名前で江戸川乱歩賞を受賞された、ミステリー作家でもあるとのこと! そちらも読んでみたくなります。
また大井さんは、戦争でお兄さんを亡くされ、幼い頃からのご病気による車椅子での生活を続けながら、戦争体験を語り継ぐ活動もされていたといいます。この本でも、「血の色の雲」という一編だけは、その体験がうかがわれる悲しいお話になっています。
それでも本全体に漂うのは、やさしく、心があたたまる空気。挿絵もすごーくかわいらしいですよ。
愛くるしいクルトや他編の仲間たちに、皆さんにもぜひ出逢って欲しいです!
(販売部 松野)