2014年国際アンデルセン賞を受賞した上橋菜穂子さんは『守り人』シリーズ(偕成社刊)や『獣の奏者』シリーズ(講談社刊)などで著名な日本の児童文学界でも屈指のファンタジー作家です。
多くの上橋さんの作品には「アジアン・ファンタジー」「和製ファンタジー」と呼ばれるような、圧倒的に他の書き手とは異なる独特な世界観が共通しています。魔法やお城などなんとなく西洋をイメージさせる定番のファンタジーと違って文化・言語・食べものに至るまで東洋的な部分が散見され、普通のファンタジーと思って読み始めると「あれ、これは他の物語と違うぞ」と引き込まれていくのです。
『月の森に、カミよ眠れ』はそんな上橋さんがデビュー間もない頃に書かれた作品で、あとがきによれば九州の祖母山に伝わる『あかぎれ多弥太伝説』を題材に、カミ(神)と巫女、時代の移り変わりに苦しむムラの人々との関わりを描いています。『狐笛のかなた』(理論社刊)と同じく日本を舞台にしていますが、『月の森に~』は稲作が始まり朝廷が現れ、点在していた大小のクニやムラが統一されてきた頃のお話です。
九州のとあるムラで<カミンマ>と呼ばれるカミに仕える巫女、月の森のカミを封じるために訪れたカミの血を引くナガタチ、それぞれが語る過去を聞くことで全体像が見えてきます。人とカミと自然が共存していくうえで守られてきた掟は、稲作の発展により狩猟生活から農耕生活へ文明が変遷するなかで途絶えていく。カミの領域として不可侵だった部分を、カミを封じたり殺したりすることで人の領域に変えていく。そういう、古代の日本で実際に起こっていたかもしれない時代の移り変わりの瞬間を、上橋流のファンタジーで捉え直して細かく描かれていきます。
現代は科学の発達により多くの事象が解明されているし、神様は見えませんし、そもそもいるのかいないのかもわかりません。信じられないけど、本当に人と神様が繋がっていた時代があったのかも、と想像しながら読むとより楽しめると思います。
最後に、上橋さんのお話にはいつも美味しそうな食べ物が出てきます。でも今回は古代なのでそこまで調理方法も発達していませんし、調味料は塩でさえ大変貴重な時代です。それなのに、食べ物の描写がとても美味しそうに見えるから不思議です。
(販売部 柴原)