「ドブルーフッチ!」とは、スロバキア語の「めしあがれ!」です。直訳すると「良い味を!」という感じ。つくった人や食卓に同席する人が、食べはじめる人に向かってかける言葉です。
このエッセイでは、中央ヨーロッパの一国、スロバキア共和国に暮らす降矢ななが、思い出や経験をからめながらスロバキアのおいしいものをご紹介します。 さぁ、みなさま、ドブルーフッチ!
スロバキアは夏のこの時期、外は9時過ぎまで明るいのです。夜の7時ごろに私たちが実家に到着すると、義父が庭のベンチで新聞を読みながら私たちを待っていてくれました。台所に入ると、義母と一日早く来ていた上の姉のカトカが明日の料理の下ごしらえをしています。カトカは茹でたジャガイモの皮をむいていました。ダイニングキッチンのテーブルの上には、鍋に入った肉の煮込み料理とそれに付け合わせるご飯や茹でたジャガイモが置いてありました。ここに来るといつも、挨拶もそこそこに義母から「お腹が空いているでしょう。そこにあるものをお皿によそって食べなさい」と食事をすすめられ、私たちは勝手にお皿やナイフ・フォークを取り出して、食べながら近況や道中のことなど話します。義母は、カトカに料理の指示をしつつ、自分もタマネギの皮をむいたりして手を動かし、時々口をはさみながら話を聞いています。義父は、窓際の観葉植物に囲まれた定位置にすわってうれしそうに黙って聞いていました。
翌日は午前中から料理を含め、お祝いの準備です。料理のかたわら、お祝い用の食器を並べます。スロバキアでは、結婚式の時、新郎新婦へのプレゼント(招待客に渡される引き出物ではなく)にお客様用の食器セットやグラスが贈られることが多く、義父母も箱入りのフォーク、ナイフ、スプーンのセットやシャンパンやワイングラスを何セットか持っています。スロバキアの個人宅に招待され通された居間の棚に、ぴかぴか光るたくさんのグラスやきれいな食器が並んでいたら、それはそのお宅のご夫婦が結婚された時の思い出の品なのです。
私は、義父母の思い出の品の中から、使い勝手のよいものを選び出し、ざっと水洗いし布巾でみがいて、テーブルの上に並べました。
お昼過ぎに義兄夫妻と息子が車で2時間ほどの街から到着し、メンバーがそろいました。総勢11名。コロナがなかったらペテルの姪や甥ももっと参加したと思いますが、仕方ありません。はじめにシャンパングラスを持って、みんなで乾杯しました。
ペテルの50歳お誕生日メニュー(ほぼ、お祝いの定番メニュー)
1)前菜:グリルしたクロバーサ、ヤッチェルニツァ、きゅうりのサラダ
2)スープ:そうめんのような細い卵めん入りチキンスープ
3)メイン1:ローストチキン ライス添え、きゅうりのサラダ
4)メイン2:ポークカツレツ ポテトサラダ添え
5)デザート:お誕生日のケーキ、コーヒー
ケーキは下の姉のマルツェラが焼いてくれました。これだけの料理を用意するのに義母は、私たち女性軍を指揮し台所で働き続けました。ペテルの実家では(東スロヴァキアでは?)、料理の準備から盛りつけ、食器の上げ下げ皿洗いは女性の担当なのです。男たちは食べて飲んでおしゃべりをしているだけ。どうしてこうなるんでしょうね。
お祝いの日は、みんなほとんどコロナの話をしませんでした。私も何度か聞いたことのある昔の失敗談にみんなで大笑いしていました。コロナ禍での緊張がゆるんだのか、一番上の義兄さんがいつになく酔っぱらって大騒ぎ(後で奥さんにこっぴどく怒られたらしい)。そんな50過ぎの子どもたちの今を、義父母は、どんな思いで眺めていたのでしょうか。これでもう死んでもいい、なんて絶対思わないで欲しいです。
ペテルは「きゅうりのサラダを食べると自分の誕生日を実感する」と言います。きゅうりが旬の時期、しかも新鮮でないとおいしいきゅうりのサラダは食べられません。夏に実家の畑で採れるきゅうりを使ったサラダを食べる……それが彼の夏の誕生日の一品なのだそうです。これだけのご馳走を作ってもらって何を言うか……と私は思いましたが、記念すべき50歳のお誕生日なので、今回は特別に許してあげることにしましょう。
11月末現在も、ヨーロッパのコロナ第2波は予断をゆるさない状況が続いていますが、義父も義母も感染に気をつけながら元気に暮らしています。