「ドブルーフッチ!」とは、スロバキア語の「めしあがれ!」です。直訳すると「良い味を!」という感じ。つくった人や食卓に同席する人が、食べはじめる人に向かってかける言葉です。
このエッセイでは、中央ヨーロッパの一国、スロバキア共和国に暮らす降矢ななが、思い出や経験をからめながらスロバキアのおいしいものをご紹介します。
さぁ、みなさま、ドブルーフッチ!
3月半ばに始まったロックダウンから、2ヶ月以上がすぎました。当初はまだ灰色だった野山にも、今はみずみずしい青葉がたっぷり繁り、我が家の庭の桜やプルーンは、満開だった花が散って、たくさんの青い実が育ち始めています。
4月の半ばは復活祭でした。復活祭は、キリスト教信者にとってクリスマスよりも大事な祭日です。いつもなら学校は数日間の復活祭休みとなり、その日を家族みんなで過ごそうと、人々がふるさとの実家へと大移動する時期です。ところが今年は、コロナ感染拡大をおそれた政府が、特別にこの時期の移動規制を強化したのです。経済活動以外、自分の住む街から出ることを禁止されました。コロナウィルスは、年老いた世代と若い世代の間に、高い垣根を作りました。こんな寂しい復活祭は今回限りであって欲しいと切に願います。
スロバキアの復活祭では、処刑されたキリストが復活したと伝えられる日曜日の朝食に卵料理を食べます。卵は石のような丸い物体から生きたヒナが生まれてくることから、復活の象徴とされているからです。夫·ペテルの田舎の東スロヴァキアで作られる復活祭の卵料理は、フルトカと呼ばれる「煮た卵焼き」のようなものです。復活祭で田舎へ行く時は、私もお義母さんといっしょにフルトカを作ります。卵と牛乳と水に砂糖と塩少々を混ぜ合わせた液をよくかき混ぜながらゆっくりと温めていきます。卵液があたたまりスクランブルエッグのようになってきたら、それを清潔なガーゼの上に流し込み、こぼれないように包み、上をしばり、吊るして、2時間ほど水切りをします。これだけです。ガーゼを開けると、そこにはクリーム色のボール状になったフルトカがあらわれます。
復活祭の日曜日の早朝、フルトカ、ゆでたクロバーサ(燻製の腸詰)やハム、ゆで卵、パンなどといっしょに籐のカゴに詰め、これを持って教会にお清めを受けに行きます。そして、それを朝食にいただくのが習わしです。
教会の前の広場には、朝早くからたくさんの信者がカゴを持って立って、司祭が現れるのを待っていました。7時に鐘の音が鳴り始めました。そのとたん、けたたましい鳥の鳴き声が聞こえてきてびっくり。教会の裏の家で飼っている七面鳥たちが、鐘の音に合わせて合唱をはじめたのです。広場でミサを待つ人たちは、くすくす笑いだしてしまいました。
ほどなく、礼拝堂から祭服をまとった神父さまと侍者が出てきました。そして、広場に並んだ信者たちに近づくと、お祈りをしながら手に持った銀色の器の水と、振り香炉の煙を、各自が持参した食べ物にかけていきます。お清めがすむと、カゴをさげてそれぞれの家に戻り、いよいよ朝食です。
復活祭の朝食のテーブルはにぎやかです。フルトカの他に、ゆで卵やスライスしたハムやソーセージがきれいに大皿に盛られ、ジャムの入った甘いパンやお菓子も山盛りです。食前のお祈りのあと、めいめいがごちそうに舌づつみをうちました。フルトカは好みの大きさにカットし、すりおろしたホースラディッシュの甘酢漬けとビーツのサラダといっしょにいただきます。うっすら甘いフルトカは、卵と牛乳がぎゅっと凝縮された栄養食品です。寒い冬が終わり、若葉の萌え出す春を迎え、栄養価の高いごちそうをいただいたあとは、畑仕事の本格的な季節がはじまります。
★スタッフより
こちらの「フルトカ」の作り方を、偕成社YouTubeで公開しました! 降矢さんがご自身の声で紹介してくださっています。描き下ろしのかわいいイラストもたっぷり! ぜひご覧くださいね。
降矢ななの つくってみようスロバキア料理