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ドブルーフッチ!降矢ななのおいしいスロバキア

第1回

Med と Maslo(メドとマスロ) ハチミツとバター

「ドブルーフッチ!」とは、スロバキア語の「めしあがれ!」です。直訳すると「良い味を!」という感じ。つくった人や食卓に同席する人が、食べはじめる人に向かってかける言葉です。
このエッセイでは、中央ヨーロッパの一国、スロバキア共和国に暮らす降矢ななが、思い出や経験をからめながらスロバキアのおいしいものをご紹介します。
さぁ、みなさま、ドブルーフッチ!


 今から27年前の秋、私はスロバキア共和国(*1)の首都にあるブラチスラヴァ美術大学に留学しました。新学期の約1カ月前に現地入りし、入寮手続きをすませると、初めての外国暮らしが始まりました。6人部屋なのに半月ほど過ぎてもルームメイトがだれも現れず、すこし心細くなり始めていたころ、美大の新入留学生を対象に2泊3日の旅行が企画され、私も参加することにしました。

 行き先は、中央スロバキアとタトラ山脈地帯です。参加者は、アメリカ・ペンシルバニア州の総合大学・美術学科の学生8名とその教授2名+アーチストのご夫妻。そして、デンマークの男子学生1人と私。案内してくれるのは、スロバキアの先生3人です。ワンボックスの車3台を連ねての移動です。

 インターネットも携帯電話も普及していなかった当時、同じ境遇の留学生と知り合えることは、とてもありがたいことでした。ただ、アメリカの学生たちはオープンで明るく、性格もよいのだけれど、彼らが集まって早口の英語をしゃべりだすと、もう何を言っているのかさっぱりわかりません。

 私は、自然とデンマーク人とばかり話すようになってしまいました(お互い第2外国語の英語で)。メガネをかけた長身の彼は、紺1色のコートを着て落ち着いていて、まるで歯医者のようでした。(彼にはその後も同志としての親しさを感じていたのに、大学のシステムになじめず、デンマークに残してきた恋人に会えない寂しさにも耐えきれず、1年間の留学期間を切り上げると、クリスマス前に帰国してしまうのでした)。

 旅行は、盛りだくさんでした。ポーランドの国境に接した渓谷のいかだ川下り、16世紀に建てられた木造教会の見学、彫刻シンポジウム作品の並ぶ山間部の野原(カウベルを鳴らしながら移動する牛の群れに遭遇)などなど。こういうことに慣れていないスロバキアの先生たちは大奮闘。おつかれさまです。

 3日目の朝、ペンションの朝食のテーブルに「それ」はありました。ハムやチーズののったお皿とフォーク、ナイフ、そして添えられた一枚の小皿。そこに黄金色の液体がかかった象牙色のマッチ箱ほどのかたまりがのっています。何だろう? ハチミツのかかったバターでした。

 テーブルの真ん中には、カゴに入った20㎝ほどの細長いロールパン(*2)が置かれていました。ロールパンを手に取って半分に割ると、外側はパリッとしていて中はふわりとやわらかく少し弾力があります。そのパンに、ナイフですくい取ったハチミツのからむバターをたっぷりぬってかぶりつきます。ほんのり塩味のパンにバターのほのかな甘み(*3)とハチミツの刺激ある甘味が溶けあい、ゆっくりと至福の味が口の中に広がっていきました。

 スロバキアの名物も食べたはずですが、私には、これがこの旅行中いちばん印象に残った食べものになりました。バターもハチミツもロールパンも、スロバキアではごく普通の食材です。無塩バターを切って小皿に盛り、ハチミツをかける。日本だったらバゲットや塩バターロールがよいでしょうか。どうぞ一度お試しください。

(*1)1992年8月当時は、チェコスロバキア共和国でした。1993年1月1日にチェコ共和国とスロバキア共和国に平和的に分離しました。

(*2)スロバキア語でRožokと言い、チェコ、スロバキアで最もポピュラーなパンのひとつ。軽めの白パンで、朝食や子どものおやつにと重宝されます。

(*3)バターが甘いと感じたのは、無塩だったからでした。スロバキアでは、無塩バターが主流です。イギリスバターといって塩分が含まれたバターも手に入りますが、わが家では不評です。

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  • 降矢なな

    降矢なな

    1961年東京に生まれる。スロヴァキア共和国のブラチスラヴァ美術大学・版画科卒業。作品は、『めっきらもっきらどおんどん』『きょだいなきょだいな』『おっきょちゃんとかっぱ』『ちょろりんのすてきなセーター』『ちょろりんととっけー』『ねぇ、どっちがすき?』「やまんばのむすめ、まゆ」シリーズ(以上福音館書店)、「おれたち、ともだち!」絵本シリーズ(偕成社)、『いそっぷのおはなし』(グランまま社)、『ナミチカのきのこがり』(童心社)、『黄いろのトマト』(ミキハウス)、『やもじろうとはりきち』(佼成出版社)など多数。年2回刊行誌「鬼ヶ島通信」にてマンガを連載中。スロヴァキア在住。

今日の1さつ

子どもが2歳になり、急にのりものが大好きになりました。この本は同じく車が大好きだった私の弟が小さい頃気に入って毎日読んでいたもので、私も一緒に見ていたのでとても懐かしかったです。もちろん子どももすぐに気に入り、毎日のように寝る前に読んでいます。(2歳・お母さまより)

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