時代は昭和39年、東京オリンピックが開催される少し前のこと。根本正(ただし)は、授業中に窓の向こうで羽ばたくアゲハチョウを見つめていました。不思議なことに、「根本。おい、根本」と自分を呼ぶ先生の声が遠くに聞こえていて「なんだかなつかしい声だな……誰の声だったかな」と他人事のように考えぼーっとしています。親友のチュウ太に呼ばれて我に返り、担任の江崎先生に促されて立ち上がると、ふっと目の前が真っ暗になって、正はその場で気を失ってしまいます。
正の身に何が起こったのでしょうか。授業中に倒れたことはとりあえずただの貧血だろうということで収まったのですが、アゲハチョウを見て気を失ってから、立て続けにおかしなことが起こり始めます。チュウ太が母親から聞いて「これから工事が始まって土手を整備して、河原にはゴルフの練習場が出来るらしい」と言うのですが、正は「でも、予定が変わって、野球場と陸上の競技場になるんだよ」と言います。なぜ自分がそんなことを知っているのかわかりません。土手を歩いてチュウ太と話しながら、菜の花畑の上をゆらゆらと飛ぶアゲハチョウを見ていたら、なんとなくそう思ったのです。
正自身やその周囲には確かに何かが起こっているのですが、それが何なのか、わからずにいます。でも、どうやら例の黄色いアゲハチョウを見た後で、おかしなことが起こっている……。
正は後に全てを思い出すことになります。物語の核心に触れる言葉は避けなければいけませんが、「思い出した」のです。全てを理解した直後では、信頼できるチュウ太にもまだ話せません。これから、正はいくつもの選択を重ねて、ハッピーエンドにもバッドエンドにも出来る可能性を秘めています。そして、それは著者の斉藤洋から読者に向けて『アゲハが消えた日』に織り込まれたメッセージなのかな、と想像を膨らませながら、一気にこの世界に引き込まれて読後は呆然と考えてしまいました。
自分が正だったらどうするかな、きっと怖くなってしばらくは考えがまとまらないでしょう。
(販売部 柴原)