子どもの頃、憧れた大人––––こんな大人になりたいな、と思った人はいますか。絵本ではじめてBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した『海のアトリエ』(堀川理万子 作)は、ある少女が知り合いの絵描きさんのアトリエで過ごした特別な夏の日々を描いた絵本です。
モデルは、作者が子どもの頃に出会った絵描きさん
本作は、タブロー画家として活躍する堀川理万子さんの絵本。子どものころ近所に住んでいた「子どもを子ども扱いしない」絵描きさんとの思い出から生まれました。絵本では、昭和30年代の神奈川県の海辺を舞台にしています。
絵本ではじめて、Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞したほか、小学館児童出版文化賞、講談社絵本賞と三冠を達成しました。
最近、おばあちゃんと一緒にくらしはじめた「わたし」。おばあちゃんの部屋は、なんだかとても居心地がいいので、ふたりでよくおしゃべりをするのが楽しみです。「わたし」はあるとき、部屋の壁にかざられている女の子の絵について、おばあちゃんに質問します。
「おばあちゃん、この子はだれ?」
「この子は、あたしよ」
そうして、おばあちゃんが話し始めてくれたのが、その絵を描いてくれた女の人と過ごした、とある夏の特別な思い出でした。
親でも先生でもない大人と過ごした一週間
そのころ、おばあちゃんはちょっと嫌なことがあって、学校へいけなくなっていました。そうして迎えた夏休み。母親の友人の絵描きさんに誘われて、ひとりでその人がすむ海のそばの家に遊びに行くことになったのです。
家族ではない大人と二人きりですごす一週間。絵描きさんは少女を「子どもあつかいしない」で、受け入れてくれます。
ときに、少女のことを忘れて絵に夢中になったり、夜はみたことのない料理とともにワイングラスに「スイカの香りのする水」を注いでくれたり……食事のかたづけをした後は、それぞれが好きな本を読みます。そして、寝るのもアトリエのすみっこでひとり!
一緒にふしぎな体操をしたり、絵を描いたり、海にいったり……何にもしばりつけられていない、そして、少女を何の枠にもはめない絵描きさんと過ごす、のびのびと自由な日々は、少女の心をしだいに解放していきます。
こんな大人でありたい
絵本には、白い紙を前に何を描けばよいか迷う少女に、絵描きさんがこんな言葉をかけるシーンがあります。
『人はだれでも、心の中で物語をつくることができるでしょ。だれでもみんな、心の中は自由だから。それをそのまま、描いちゃえば、いいのよ。どんなふうにだっていいのよ』
子どもたちにとってこんな大人でありたい、と思いながらも、自由は、難しい! けれども、おばあちゃんがこの物語を「わたし」に手渡したように、そっとこの絵本を手渡してあげることはできます。子どもも大人も、きっと誰しもの心に、すきとおった清々しい風を吹かせてくれる一冊です。