絵本の中に「森」という言葉が登場すると、なんだか心がうきうきしてきませんか。決まった道がなく、思いがけない出会いのありそうな「森」。今回ご紹介する『もりのおくのおちゃかいへ』(みやこしあきこ 作)では、主人公の女の子が、動物たちのすてきなお茶会に招かれます!
ケーキを届けに、森のむこうのおばあちゃんのいえへ!
雪がこんもり積もった、とある朝。キッコちゃんのお父さんは、おばあちゃんの家へ雪かきにでかけました。ところが、お父さんはうっかり、おばあちゃんに届けるケーキを忘れていってしまいます。「わたし、とどけにいく!」キッコちゃんは、ひとりでケーキをもってお父さんの後をおいかけることに。すぐに帽子をかぶった、お父さんの後ろ姿をみつけます。
ところが、お父さんは、おばあちゃんのおうちではない、見知らぬ建物の中へ入っていくのです。
(こんなところに いえが あったかしら?)
ふしぎに思ってキッコちゃんが窓から中をのぞくと、そこにいたのは帽子をとったお父さん……ではなく、くまでした! びっくりしたキッコちゃんでしたが、ちょうどやってきたひつじの子に誘われて、館の中におそるおそる足を踏み入れます。すると……そこでは、動物たちの楽しいお茶会が開かれていました。
珍しい人間の登場に驚いた動物たち。いっせいに彼らから向けられた視線に、キッコちゃんは一瞬どきりとしますが、つぎの瞬間には、動物たちから大歓待をうけていました。
「ひとりで いくなんて、えらいね」「おばあちゃん、よろこぶよ」動物たちから、口々に褒められてキッコちゃんも得意顔です。ところが、キッコちゃんはふと、悲しいことを思い出しました。さっき、お父さんを追いかけようとして走ったときに、転んでケーキの箱をつぶしてしまったのです。それをきいた動物たちが、ある素敵な提案をしてくれました!
まるで映画をみているかのようなモノクロの世界
このお話は、みやこしさんが子どもの頃に体験したことが元になっているそうです。
まだ小さい時、近くのスーパーに家族で買いものにいって、迷子になったのです。父のグレーのスーツのうしろ姿についていったつもりが、ふりむくと違う人だった––––その瞬間の怖さは、子供時代の多くの思い出の中でも、とくに鮮烈に残っています。この本の見どころの一つは、そんな「怖さ」だと思います。迷子になる怖さ、知らない人にじっと見つめられる怖さ。わたしは、そういう緊張感を描くのが好きです。(刊行当初に寄せられたメッセージより)
木炭と鉛筆で描かれた冬のモノクロの世界に、キッコちゃんの赤い帽子と手袋、スカート、そして黄色い髪の色が、とても効果的に描かれています。
モノクロの絵本ときくと、静かな印象をうけるかもしれませんが、みやこしさんが上記のメッセージで触れているどきりとする場面と、動物たちに受け入れてもらった後のキッコちゃんの表情がやわらぐ場面の強弱がみごとに表現されており、まるで映画のように動きのある豊かな世界が広がっています。動物たちとキッコちゃんのにぎやかなおしゃべりや、楽しい音楽まで聞こえてくるようです。
冬のお子さんへの読み聞かせはもちろん、大人の方が自分の手元においておく絵本としてもおすすめです。