いわずと知れた、夏目漱石の代表作のひとつ。中学校の授業で触れた方も多いと思います。私も例に漏れず読んだはずですが、正直、学校が舞台の、風変わりなあだ名がついた先生たちが繰り広げるドタバタ劇……という記憶くらいしか、残っていませんでした。ところが、大人になって初めて読み返してみたら、年齢(というか大人という立場)的には、もう自分は坊っちゃんなわけです。すると視点がぐるりと変わり、あの頃気づかなかった、鋭い人間観察や、皮肉などがみえてきて、うなずきつつ、考えてしまうような、ずいぶんと面白い読書となりました。
冒頭は、こんな印象的な一文ではじまります。
––––親ゆずりの無鉄砲で、子どものときから損ばかりしている。––––
「正直者は馬鹿をみる」とよくいいますが、坊っちゃんの場合は「正直者で馬鹿」をみつつ、全くといっていいほどへこたれない、どんな風や嵐に吹かれても自分がぶれない、木の幹のように図太い性格の持ち主です。
この江戸っ子の坊っちゃん、ひょんなことから四国の学校へ、数学の新任教師として赴任することになります。ところが、生徒たちは、それきたとばかりに幼稚ないたずらをたびたびしかける悪童ばかり。一方の先生の顔ぶれといえば、世間体を重んじすぎる校長の狸、いかにも権力の上に胡座をかいているような教頭の赤シャツに、自分の意見がなく腰巾着のように上の人についてまわる野だいこ(いずれも坊っちゃんが初日につけたあだ名)……と、まっすぐ芯が通りすぎている坊っちゃんにとっては、気に食わない人ばかり。
といっても、何しろ一番年若で、経験がないのですから、ふつうは様子をみて観察するに留まるところ、坊っちゃんの場合そうはいきません。生徒にいたずらをされれば、即刻処分すべきと報告しますし、赤シャツに「こみいった事情」のうさん臭い相談をもちかけられたら「いろいろな事情た、どんな事情です」と切り返します。それで、モゴモゴと言い訳をされると「そんなめんどうな事情なら聞かなくてもいいんですが、あなたのほうから話しだしたからうかがうんです」とこうくる。いや、本当にごもっとも! という感じですが、これを自分におきかえると、なかなかこうも強く切り返せない大人の事情(おっと!)もあったりして、今となっては坊っちゃんのまっすぐさに賞賛を送りつつ、ちょっと反省もするような気持ちです。
最後には「こんなところにはいられない!」とさっさとやめて東京に戻る、といういかにも彼らしいやり方で、物語は幕引きとなります。生徒たちも、なつきはじめたら中々気の合う(心が少年のままという意味で)良い先生だったに違いないのに、いたずらが過ぎたばかりに残念だったね、と思わないでもありません。意外とこういう先生が、いちばん好かれたりするんですよね!
(販売部 宮沢)