2024年国際アンデルセン賞日本代表候補に選ばれ、国内外からますます注目をあつめている児童文学作家・岩瀬成子さん。今回は、子どもの心を繊細にとらえる岩瀬成子作品をご紹介します。
みんなが持っているのにだれも書かなかったこんな気持ち『そのぬくもりはきえない』
波は、習いごとや塾で毎日いそがしい、小学4年生の女の子。あるとき、近所のおばあさんの犬の散歩を頼まれたのをきっかけに、その家で出会った男の子とのふしぎな交流がはじまります。
習いごとや塾をがんばらせようと、波のためにという態度で口出しをするお母さんにたいして、お母さんのいうことはいつだって正しいからと、自分の気持ちにふたをしてしまう波。犬の散歩や、男の子との交流を通じて、少しずつ自分のほんとうの気持ちに素直になっていく少女の成長を描きます。
基地のある町で暮らすということ『ピース・ヴィレッジ』
基地の町で、米兵相手のスナックを営む祖母と父親をもつ小学6年生の楓と、「戦争反対」のビラをまきつづける父親と暮らす中学生の紀理ちゃん。年に1度、基地が市民に開放される「フレンドシップ・デー」の日、紀理ちゃんに「もうわたしと付きあったりしないほうがいいよ」と言われたことをきっかけに、それまで意識してこなかった「基地のある町に住む」ということについて楓は考えはじめます。
ものごとを「これは、こう」と断定したがるお母さんに、「もうすこしちがった感じでいてくれないかな」と思う楓。親のいうことは絶対だ、と思っていた子ども時代から脱し、少しずつ大人へと向かっていく小学6年生の心境を、楓のことばで丁寧につむぎます。
この本について角田光代さんが帯に寄せた言葉をご紹介します。
最後の場面のあまりのうつくしさに
言葉をうしなった。
私たちは覚えている、
子どもからゆっくりと大人になっていく、
あのちっともうつくしくない、
でも忘れがたい、
金色の時間のことを。
子ども時代を生きるのは、そんなにかんたんなことじゃない『地図を広げて』
4年前に両親が離婚して、父親と暮らしている鈴のもとに届いた母親の訃報。母親のもとにいた弟の圭を家に迎える場面から、物語ははじまります。
クラスの輪の中にいると、「自分がほんとうに考えなきゃいけないことは、自分の外側と内側のあいだの溝にぜんぶこぼれ落ちてしまっているような気がして」、みんなにうそをついている気持ちになる鈴。自分を見つけてくれる人がいるかもしれないという希望をもって、地図を広げて、あちこちを自転車でめぐる圭。
親の離婚や死などで、あっけなくいつもの生活が終わってしまい、暮らす土地やいっしょにいる人を自由に選べない子ども時代の窮屈さ。そのなかで、お互いにぎこちなさを抱えながらも、時間をかけてゆっくりとほぐれていく家族の日々を描きます。
【新刊】おかしくて胸にしみる、ゴーストストーリーズ『真昼のユウレイたち』
2023年5月刊行の新刊『真昼のユウレイたち』も少しだけご紹介。
本作は、幽霊に出会った子どもたちを描いた作品集です。子どものときに亡くなったふた子の妹が、年をとった姉のもとにあらわれる「海の子」、子どもを守るパパとママの幽霊の話「対決」、基地のある町を舞台にした「願い」、義理の兄弟になった男の子たちの秘密を描く「舟の部屋」の4編を収録。子どもたちの会話に思わずクスッとしてしまう、テンポのよいお話が、芦野公平さんの挿絵でさらに生き生きとしています。岩瀬成子さんの作品をはじめて読むのにおすすめの一冊です。
今回ご紹介した作品はどれも、子どもから大人に成長する過程での、子どもたちの心の移り変わりがシンプルな言葉で丹念に描かれています。「この気持ち、私も知ってた」と思う瞬間が、きっと見つかるはず。ぜひ気になった作品からお手にとってみてください。