『呼人は旅をする』は、新進気鋭のYA(ヤングアダルト)作家、長谷川まりるさんによる連作短編集。ある特殊な体質をもつ少数派の人々と、彼らをとりまく社会を描きます。
6編を収録した連作短編集
本作は、「呼人」と呼ばれる人々をめぐる、6編を収録した連作短編集です。
呼人とは、なにかを引き寄せてしまう体質をもった人々のこと。彼らは、動物や虫、植物、自然現象などある特定のものを呼び寄せてしまうため、生態系などが崩れてしまわないように、ひとつの場所にとどまらず、旅をして暮らしています。
その体質がいつ発現するか、なぜ呼び寄せてしまうのかはわかっておらず、ふつうの生活を送っていた人が、ある日突然、呼人になってしまうのです。本作は、当事者のみならず、その家族、呼人を支援するボランティアや役人など、周囲の人々の視点も織り交ぜながら、呼人が生きる社会を描き出します。
雨を呼び寄せる「雨の呼人」
第1話「スケッチブックと雨女」は、雨を呼び寄せる「雨の呼人」にまつわるお話です。
あかりのクラスには、その子の行くところはかならず雨が降るといわれる子がいます。あかりが「雨女」と心の中で呼んでいるその子、紫雨が、雨の呼人だとわかったのは昨年のこと。それ以来、彼女は学校に来られなくなり、日本各地を転々と旅しながら、オンライン授業に参加する日々がつづいていました。
アスレチックランドへの卒業遠足が近づいたある日のこと。担任の先生が、「せめて卒業遠足は参加したいと紫雨が言っているから、雨でも楽しめる博物館に行き先を変えよう」と提案しました。アスレチックランドを楽しみにしていたあかりは、「紫雨は人とちがうのだから、我慢することがあってもしかたがない」と反対します。それをたしなめるクラスメイトに対しても反発してしまったあかりは、クラスで浮いた存在になってしまい……。(第1話「スケッチブックと雨女」)
それぞれの物語には、根っからの悪人は出てきません。しかし悪気はなくても、多数派の無自覚な言葉や態度が、少数の人たちを抑圧したり、傷つけることがあるということを、本作は読者につきつけます。
「つづみ、いいなあ! こんなところに泊まっていたのかあ! うらやましいよ、ほんとに」
「なにが?」
ひととおり家を見学してもどってきたお父さんに、つづみはそっけなく問いかえす。
お父さんはつづみに向かって、励ますような顔をした。
「呼人になってから、いろんな場所に行って、いろんな人に会ってるよな、つづみは。すごい経験だ。呼人も悪いことばかりじゃないよ。な?」
みきさんと藍子ちゃんが顔を見あわせている。つづみはふいとそっぽを向いた。
(p.85「たんぽぽは悪」より)
新進気鋭の作家、長谷川まりるさんによる注目作!
作者の長谷川まりるさんは、『杉森くんを殺すには』(くもん出版)で、野間児童文芸賞を受賞するなど、今話題のYA(ヤングアダルト)作家です。長谷川さんは自身の執筆について「登場人物は生きていて、その人の人生の一部を物語として書いている」と語ります。
本作は、作中にしか存在しない呼人という属性が、圧倒的なリアリティをもって描かれることで、読者がそれぞれ自分の生活にまで考えをめぐらせるきっかけになります。読めば読むほど、「共感することには限界がある」ということを否応なく読者は痛感します。しかし、それでもわかりたい、手をのばしたいという気持ちが大切なのだと、教えてくれる一冊です。
作家、エッセイストの少年アヤさんによる書評はこちら!
「わからない」を、越えていきたい(少年アヤ・評)