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ショートショートの扉

第2回

パワードスーツ

草上 仁

 運動会が近づいてくると、ぼくはゆううつになる。先生がぼくらに何度もかけっこをさせて、運動会で走る組分けをするからだ。ぼくはいつもビリで、すごくかっこわるい。でも、今年は、ぼくにはひみつへいきがある。モビルスーツだ。おじさんが貸してくれたのだ。

 達也おじさんの仕事がなんなのか、ぼくはよく知らない。どこかの研究所につとめているらしいんだけど、いつ行っても、マンションの部屋でごろごろしている。
 かけっこの話をきくと、おじさんはいった。
「大地、パワードスーツって、知ってるか?」
 ぼくが、テレビアニメの名前をいうと、おじさんはうなずいて、ジーンズと長袖(ながそで)のTシャツ、それに野球帽(やきゅうぼう)を出してきた。
「戦いじゃなくて、介護だとか、災害対策のために考えたものだ。ナノメカニカル・サーボというものがおりこんであって、すべてのからだのはたらきを、1000ばいに高めてくれる。帽子は強化ヘルメット。これを着れば、かけっこでもボール投げでも、だれもおまえにはかなわない。ただ気をつけろ。からだのはたらきを高めるんだから、いつもよりのどがかわくし、おなかもすくぞ」
 あくる日、ぼくはさっそく、みんなをさそって公園に行った。悠馬(ゆうま)くんは、サッカーボールをもっていて、リフティングをはじめた。麗香(れいか)ちゃんと結菜(ゆな)ちゃんは、うっとりした顔で、悠馬くんを見ている。おもしろくない。
 ぼくは、こっそり尻(しり)ポケットにあるスイッチをおしてから、いった。
「ちょっと、そのボール貸して」
 ジーンズが、脚(あし)をつつみこんで、しめつけられるような感じがした。悠馬くんがころがしてくれたボールを、ぼくは軽くけった。
 ぎゅん、という音がした。ぼくがけったボールは、目に見えないくらいのはやさで飛んでいって、公園のはしにある壁打ち板(かべうちばん)に当たった。
「ばしいいい」
ものすごい音がして、サッカーボールは消えてなくなった。コンクリートの壁打ち板には、くもの巣みたいにひびが入っている。
「えええええええ?」
 と、麗香ちゃんがいった。悠馬くんがわっとさけんだ。結菜ちゃんは、目をまるくしている。ぼくはその場でジャンプしてみせた。へんにからだが軽い。ぼくは、桜の木のてっぺんより高く舞(ま)いあがってから、着地した。
「えええええ?」
 今度は悠馬くんがいった。ぼくは、調子に乗って、いろいろやってみせた。ジムをとびこえ、すごいはやさで走ってみせる。ぼくはヒーローになったみたいだった。
 麗香ちゃんも結菜ちゃんも、尊敬の目でぼくを見ている。ぼくは得意だった。おじさんがいっていたとおり、ひどくのどがかわいたので、ぼくは水のみ場へ行った。蛇口(じゃぐち)をひねってごくごくのんだ。悠馬くんが、ちょっとこわそうに近づいてきて、いった。
「大地、いったい、おまえ、どうしたんだ」
 ぼくは、水をのみながら、答えた。
「ちょっと実力を出しただけだよ」
 悠馬くんは、気味がわるそうな顔になった。
「だいじょぶか? どんだけのむんだ?」
 気がつくと、女の子たちも気味わるそうにそうにぼくを見ている。ぼくは、はっと気がついた。ぼくは、なんリットルもなんリットルも、水をのみつづけていた。とてものどがかわいていたし、おなかもすいていたからだ。そして…。
「あ、ちょっとトイレ」
 ぼくは、公衆トイレめざしてかけだした。でも、パワードスーツのスイッチを入れたままだったので、止まりきれずにトイレの壁をつきやぶってしまった。
 悠馬くんがなにかさけんだけど、ぼくはそれどころじゃなかった。おしっこがしたくてたまらない。パニックをおこしたぼくは、スイッチのことなんか思いつかずに、とにかくトイレに入ろうとした。でもそのたびに、壁をぶちこわしてつきぬけてしまう。帽子のおかげでけがはしなかったけど、スピードが1,000倍になっているから、止まれないのだ。ぼくはトイレがくずれおちてしまうまで、むだな努力をくりかえした。
 ついに、がまんできなくなってしまった。
「ああっ」
 絶望のさけびをあげた次のしゅんかん、ぼくは空に舞いあがっていた。ジーンズのすそから、ジェットのようなものをはきだして。でもそれは、ジェットなんかじゃなかった。パイン色の液体、つまりぼくの……。
 ペットボトル・ロケットみたいになったぼくは、おじさんのことばを思い出した。
「すべてのからだのはたらきを、1000ばいに高めてくれるんだ」
 ぼくは、まだ上昇しながら、地面を見おろした。麗香ちゃんも結菜ちゃんも悠馬くんも最初はぼーぜんとしていたけど、いまはパイン色のしぶきをあびて、顔をしかめている。一生、ぼくをゆるしてはくれないだろう。
 ああ、これって、すごくかっこわるい。


草上 仁
1959年神奈川生まれ。第7回ハヤカワSFコンテストで作家デビュー。『こちらITT』『無重力でも快適』などに収められた軽妙なSF短編で名を馳(は)せる。長編ミステリ『数学的帰納の殺人』『文章探偵』のほか、本名でビジネス書も執筆。

イラスト:アカツキウォーカー

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今日の1さつ

推理小説で、怪奇小説で、歴史小説。なんて贅沢な一冊!そしてどの分野においても大満足のため息レベル。一気に読んでしまって、今から次回作を楽しみにしてしまってます。捨松、ヘンリー・フォールズなど実在の人物たちに興味が湧いて好奇心が刺激されています。何よりイカルをはじめとするキャラにまた会いたい!!(読者の方より)

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