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拝啓 かこさとしさま

在野研究者、かこさとし氏実の孫

中島加名 〜拝啓 かこさとしさま〜

この手紙に何を書くか、もうわかっているかもしれないですね。
だってあなたにもおじいさんはいるはずだし。
そのひとにまた会いたいと思ったことは、きっとあると思うから。

僕が言いたいのは、ただただ悲しかったってこと。
あなたが死ぬまえも、あとも、ずっと悲しかった。
何度でも別れを想像していたのが、ある早朝の母からの報せを境にして、それまでのふれあいを思い出すことに変わっただけ。
僕にとって、あなたは大半が想像上の生き物だった。
風の強いよく晴れた日に、エレベーターホールみたいな場所で、体が焼きあげられた日よりもずっとまえから。

小学生のとき、習い事の迎えにいちいち来るのを煙たがっていたのはいつも謝りたかったけど、悲しむよりも知りたいから、あなたが何を考えようとしていたのかを考えようとして、これまで生き方を選んできたように思います。
だから同じ道を通って大学に通ったと知ったときはうれしかった。学食の話とかもね。
それでも絵を描くことはずっと好きになれなかったのに、最近は何かが腑に落ちて、好きになってきたような気がします。
というか、好きとか嫌いとかやりたいやりたくないを超えて、やらなきゃならないことができてしまったので、そのためには絵を描かざるをえない。
でもたぶん、それこそが、そもそもあなたのやっていたことで、僕が思うところのあなたの考えと、僕自身の気持ちとが、ひとつのところにすとんと収まったのだと思う。

極限状態まで追い込まれないと聞き分けられないほどには僕たちの日常は平和ではないと思うから、そういう不穏な毎日のために、僕ができるのは、物語をだれかに手渡したりどこか遠くへ投げたりすること。
いないひとのためにも席を用意しておいたり、そこにこんどは幼い子を座らせてやったりするときのための物語。
どうして? と訊かれたときに、また聞かせて、と言ってもらえるような嘘。
それらが一見すると、物語や嘘には見えなかったとしても。

そうそう、いつだったか芥川龍之介の話になったことがありましたね。
そのとき僕がのたまったのは、芥川みたいな翻案の物語が作りたいってやつで、そしたらちょっと感心してくれましたね。
あいかわらず構想は練りつづけていて、なかなかおもしろくなりそうです。
僕が愛したものたちをぜんぶ、もういっかい愛しなおすぐらいには、たいへんな作業になると思います。
もうわかっているかもなんて書きはじめたけど、あなたの読んだことのない物語が、僕のなかにはできようとしています。
だから、あなたはきっと、僕の書く物語が気になると思うけど、それはまだまだお預けで!

でもそれはお互い様で、僕の知らない物語が、あなたのなかに数えきれないほどあったことを僕は知っています。
それははじめておじいさんに絵を見せるときの話かもしれないし、芥川を読んで憧れた気持ちのことかもしれない。
同い年の友達になって、朝まで酒を飲みながら、お互いの物語を試せたらと何度思ったことか。

だからあなたには生きていてほしいと思う。
あなたのなかの物語だけでも、生きていてほしいと思います。

中島加名


中島加名 
1994年生。現在は北海道西興部村在住。文学修士、在野研究者。ブラジル音楽の演奏が趣味。かこさとし氏の孫。

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