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書評コーナー

『スペルホーストのパペット人形』(ケイト・ディカミロ 作/ジュリー・モースタッド 絵/横山和江 訳)

トランクから飛び出す いくつもの物語(中島京子・評)

2024.07.24

 人形たちの登場するお話のおもしろさは、人形たちが自分では動けない、という縛りにあるのかもしれません。

 映画の『トイ・ストーリー』のように、人間の前で動かないだけで人目がなければ動き出すというパターンもあるけれど、『スペルホーストのパペット人形』たちは、誰かに動かしてもらわなければ動きません。それでも、それぞれに意思はある。王様は王様らしく威厳を持ち、周りの者にかしずかれることを望んでいますし、フクロウは知恵者としてさかんに深みのある言葉を口にします(もちろん、人間には聞こえません)。オオカミは鋭い歯でかみつくことを考えてワクワクするし、男の子はすごいことを成し遂げたいと思っている。女の子はすみれ色の美しい瞳をしていて、その目でいろいろなものを見つめ、記憶するのです。

 そう、スペルホーストさんのトランクに入っているパペット人形は五体。王様、フクロウ、オオカミ、男の子と女の子。彼らの役目は「物語を語ること」で、わたしたちは彼らの「物語」に心躍らせることになります。

 この本の「物語」が幾重にも入れ子状になっていることに注目しましょう。わたしたちはまず、スペルホーストさんというおじいさんと出会い、トランクに入った人形たちが旅に出るのを目撃し、ある家の姉と妹にもらわれた人形たちが、なんだかおかしな体験をするのを読むことになります。

 ある意味、「自分では動けない」人形ゆえの、それぞれにちょっとユニークな大冒険を、人形たちはすることになるのです。それらの「物語」が、少し理不尽な感じもあり、一方で、じんわりユーモラスでもあります。

 考えてみると、小さい子供のところにもらわれていった人形にとって、受難はつきものともいえるかもしれません。わたしは小さいころ、ヘアスタイルを変えようとして、きれいな金髪のお人形を禿げ頭にしてしまったことがあります。外遊びに連れ出すというのも、家の中で遊ぶ前提で作られているような人形たちにとっては、危険極まりないことです。同じく子どものころ、道端で人形の頭を拾ったことがありました。ええ、頭だけ、です。持って帰って、わたしと姉はその頭を、なんとほかの人形の球技用のボールにしてしまいました!

 パペット人形五体は、少しスリリングな冒険をすることになりますが、おもしろいのはひとつひとつの人形が、それによって成長することです。人形たちは最初に登場したときに、五体いっしょでないと物語を作れない存在だと定義されるのですが、いえいえどうして、個別にもおもしろい物語を、少なくとも本書の読者には提供してくれますし、それによってかれらは一まわり大きくなるのです(もちろん比喩です。人形のサイズは変わりません)。 

 物語が入れ子になっているおもしろさは、終盤、冴えて来るので、楽しみに読み進んでいただきたいものです。そして、それを考えたら、最初から注意深く読んでいる必要があるかもしれません。もちろん、一度読み終わってから、ミステリーのなぞ解きをするようにじっくり丹念に読み直すという手もあります。それもおすすめできる読み方です。

 最後まで読むとつい、ジェーンのその後が気になります。「でたらめが行ったり来たり」って、そうとう意味深な言葉ではないでしょうか!

 姉妹のように、いろんな想像を巡らせるのも楽しく、まだ、わたしたちの読んでいない物語があるのかもしれないと考えると、それもまたドキドキさせてくれるのです。


中島京子(なかじま・きょうこ)

 1964年、東京生まれ。作家。出版社勤務ののち渡米。帰国後の2003年に『FUTON』でデビューし、野間文芸新人賞候補となる。2010年『小さいおうち』で直木賞を受賞。2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞、2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞・歴史時代作家クラブ賞作品賞・柴田錬三郎賞、同年『長いお別れ』で中央公論文芸賞・日本医療小説大賞を受賞。2020年『夢見る帝国図書館』で紫式部文学賞、2022年『ムーンライト・イン』『やさしい猫』で芸術選奨文部科学大臣賞、同年『やさしい猫』で吉川英治文学賞を受賞。近著に『うらはぐさ風土記』などがある。

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