何かをきっかけに周囲に怒りを抱き、毛を逆立てていたとき、誰かのただただやさしい言葉で、複雑に絡んだ気持ちがほどけた経験はありませんか。『りゅうのめのなみだ』(浜田広介 文/いわさきちひろ 絵)は「おそろしいもの」として人々から敬遠されていた竜と、竜に唯一心を寄せた子どもとの出会いを描いた、浜田広介童話の名作です。
竜を怖がらない、ふしぎな子ども
お話の舞台は、とある南の国。その国では昔から、山のどこかに大きな竜が隠れている、と言い伝えられてきました。「こわい りゅう」「おそろしい りゅう」。子どもが悪いことをすると、大人は「いたずらっ子や わるい 子を、りゅうは ねらって いるんだぞ」とおどしていました。
けれども、あるとき、その竜をまったく怖がらないどころか、すすんで竜の話を聞きたがる「ふしぎな子ども」のうわさがたちます。人々はお母さんがそのように教育したのだろう、と考えますが、その子どもはたったひとりで、みなが恐れる竜に心を寄せていたのでした。
必要だったのは、誰かのやさしい言葉
「ふしぎな子ども」と呼ばれたその子は、あるとき、自分の誕生日会に竜を呼ぼうと、いよいよその竜がいるらしい山に向かいました。これまで人間に一度もやさしい言葉をかけられたことがなく、恨みがつのり、人間たちに会うたびに唸り声をあげていた竜は、子どもの誘いに、目から涙をこぼします。その涙は、やがて川の流れになりました。
「こんな うれしい ことは ない。わたしは、このまま ふねに なろう。ふねに なって、やさしいこどもを たくさん たくさん のせて やろう。そう やって、この よのなかを、あたらしい よのなかに して やろう。」
100年経っても色褪せない物語
浜田広介さんは、この作品のあとがきで「まことの愛には、そのうらづけに勇気があるということを、この作は意味していましょう。(中略)一つの善意が、つぎの善意をうんでいくアカシ(証明)を、この作は語っているとも言えましょう」と書いています。
本作は、1925年に最初に書かれたものを、1965年に絵本化したものです。物語の誕生から実に100年近くたっていますが、このメッセージは、まったく色褪せることなく、物語をとおして、わたしたちに響いてきます。
子どもは竜に、「ぼくは おまえさんを にくみは しない。いじめは しない。もしも だれかが、かかって きたら、いつだって、かばって あげる」、という言葉をかけます。
さまざまな噂や情報が飛び交うなかで、それらに惑わされずに、それぞれの人を尊重し、やさしさを持って接すること。それは、ひとつの主張であり、とても勇気のいることですが、やさしさのバトンはきっとこの物語のように、周りへ、世界へ、手渡されていくはずです。
竜とふしぎな子ども、それぞれの立場や気持ちを想像しながら読みたい絵本。人間が生きる上で大事なことを伝えてくれる物語を、いわさきちひろのやさしく、カラフルな絵が彩ります。ぜひお子さんといっしょに読んでみてくださいね。