『過去六年間を顧みて』は、絵本作家かこさとしさんが小学校6年生のとき、小学生時代をまとめる課題のために描いた絵日記を収録した本です。絵もふんだんに入ったその原稿は、後の絵本作家の姿を予見させ、かこさとしさんの源流ともいえる魅力がつまっています。
1938年の少年、中島哲(かこさとし)が語る!
『からすのパンやさん』『だるまちゃんとてんぐちゃん』など、600作以上の作品をのこした絵本作家かこさとしさん。本名、中島哲は、大正15年に福井県の武生(現越前市)で生まれ、小学校2年生のときに東京府板橋区に移住しました。
本書は、東京の小学校6年生時に、担任の先生から「小学生時代をまとめるように」と言われて描いた絵日記です。他の生徒は原稿用紙数枚だったそうですが、教卓に置かれた原稿用紙の束を「いくらでもつかっていい」といわれ、かこさんははりきって何十枚も書いたそうです。自ら描いた挿絵もふんだんに入り、美しく綴じられたその絵日記は、のちの絵本作家としての姿を予見させる、ひとつの作品です。
一年生への入学、僕は母に手をひかれながら桜が満開した道を希望を持ちながら歩を運んで行った。今まで何もわからなかった僕がずんずんと物事がわかるうれしさ。
打ち合わせでかこさとしさんの自宅を訪れた編集者が、ケースの中に飾られていたこの絵日記に魅入られ、書籍化を提案。生前のかこさとしさんに、当時の思い出を聞きながら注を入れたり、聞き書きエッセイを加え、1冊の本にしました。(その子細な記憶力には脱帽です!)
絵日記には、学校に入って、知識欲を満たそうとする姿勢や、やんちゃな一面、旧友への優しい心づかいや、戦時中のきな臭い空気のなか、他の生徒に漏れず軍国少年として成長していく姿が描かれています。
父に学び上達した絵、憧れのあんちゃん
この絵日記には、かこさとしさんの「源流」ともいえる出来事がいくつも収録されています。
たとえば、小さい頃から得意だったという絵。この絵は、福井から東京に上京するまでの汽車の中で父から学び、上達したものでした。
僕が絵がうまくなったのはこのときからである。景色のよい中部の山々、太平洋や富士の雄姿を見ては、自らどうかしてあのようなよいものを紙の上へうまくあらわそうと思った。お父さんがいろいろ手ほどきを教えて下さった。僕はもってきたクレヨンで一生けんめいにうつしとろうとした。
東京にきてからは、お父さんに「絵なんかでは生活できないぞと、描いていたら怒られた」そうですが、絵に魅せられたかこ少年は、その後も熱心にとりくみ、数々のコンクールに入賞したそうです。
また、聞き書きエッセイの中にある「憧れのあんちゃん」。この人は近所の長屋に住んでいた年上のお兄ちゃんで、子どもたちを集めておもしろい話をしてくれたり、手品をしてくれたりして、あんちゃんの家の前はいつも子どもたちのたまり場になっていたそうです。なかでも漫画が非常にうまかったため、みんなで「弟子入りさせてくれ」と頼むほどだったとか。
このエピソードから彷彿とさせるのは、かこさとしさんの絵本作家としての出発点となった、川崎のセツルメント活動です。セツルメントとは、学生などが工場労働者が多く住む地域に対して、医療支援をしたり、住民の生活向上のための助力をする社会事業。学生時代から活動を始めたかこさんは、後も会社員として働きながら、当時自宅のあった川崎でセツルメント活動に参加し、子どもたちに紙芝居を演じたり、絵を教えたりしていました。その紙芝居がもとになって『どろぼうがっこう』をはじめとする数々の絵本が生まれました。
一人の人生とは、このように脈々と小さな経験が積み重なってできるものなのだ、ということを改めて認識させられる作品です。かこさんがこの絵日記を読み返して、改めて父への思いを綴った「あとがき」も必読。書き留めておくこと、記憶しておくことが、後の思い出語りを、より彩りあるものにしてくれることを大いに感じる1冊です。
かこさとしさんの源流に、ぜひ触れてみてください!