お天気のよい日、ウサギは森を出て野原にやってきました。
「気持ちがいいなあ。どこまでも走ってゆけそうだ」
ウサギはぴょんぴょんかけ出しました。
ずっといくと、池がありました。ウサギは立ちどまりました。
池の岸にはカモが何羽もいます。ウサギはカモたちの真ん中へぐんぐん歩いてゆきました。
カモは迷惑(めいわく)そうに立ちあがり、よたよたとわきへよけます。そのようすを見て、ウサギはいいことを思いつきました。
「カモさん、ぼくとかけっこをしよう」
「かけっこ?」
カモは首をかしげました。
「そうだよ。かけっこだよ。あそこに丘(おか)があるだろう」
ウサギは野原の先を鼻で指ししめしました。池から200メートルぐらいはなれたところに、おまんじゅうが半分地面に埋(う)もれたようなかっこうの小さな丘が見えます。
「あの丘まで、どちらが先に着くか、競走するんだ」
「かけっこというのは、地面のうえを走るんだよね」
カモが聞きました。
「そうだよ。決まってるじゃないか」
ウサギは、そんなことも知らないのか、という顔で答えました。
「それはちょっと……」
カモはこまった顔をしています。
ウサギは心のなかでニヤリとしました。かけっこに勝てば、ますますよい気分になるでしょう。
「いいじゃないか。走れるんだろう?」
とウサギ。
「でも……」
カモはすごくこまっています。
「やろうよ、かけっこ」ウサギはスタートの構えをしました。そして、「よーい、ドン!」
勝手に走りだしてしまいました。
しかたなく、カモもあとにつづきます。
カモだって走れるのです。でも、何歩か進むと、からだが自然に浮(う)きあがってしまいます。カモが走るのは飛びたつための助走なので、長くはかけられないのです。
飛びたちそうになると、カモは足にブレーキをかけ、地面からはなれないようにしました。それがかけっこのルールだからです。かけては止まり、かけては止まりで、なかなかスピードが出ません。そんなことをしているうちにウサギはどんどん先へいって、丘のてっぺんに着いてしまいました。
「やあやあ、やっぱり下手な走り方だなあ」
ウサギはわらって、ようやくたどりついたカモにいいました。
「しかたないんだよ。地面を走ろうとしたら、からだが浮きあがって、こんなことになってしまうんだよ」カモはふうふういって弁解しました。「でも、かけっこ、たのしかった」
そういうと、カモはさっさと空にまいあがり、どこかへ飛んでいってしまいました。
ウサギはそれをポカンと見おくりました。そして、また池へもどりました。のどがかわいたのです。
池にはもうほかのカモのすがたもなく、そのかわり、水辺の岩のうえでカメが日なたぼっこをしていました。
水をのむウサギを、カメはうす目で見ています。
ウサギがひと息つくと、カメが声をかけました。
「ねえ、ウサギさん」
「なんだよ」
かけっこには勝ったけど、なんだかつまらない気分のウサギは不機嫌(ふきげん)に返事しました。
カメは首をのばして、池の真ん中を指ししめしました。
「あそこの島まで、泳ぎっこしようよ」
「えっ!」ウサギは思わずうしろ足で立ちあがりました。「泳ぎっこだって?」
「そうだよ。さあ、いくよ!」
カメはちゃぽんと水に入ると、すいすい泳ぎだしました。
ウサギは岸に立ったまま動けません。
みなさんは知っているでしょうか。ウサギは泳ぐことができないのです。どうしても、水に入ることができないのです。
カメは島をめざしてゆうゆうと泳いでゆきます。
そのすがたを、ウサギはじっと見おくりました。池の表面は空をうつして、青くかがやいています。よいお天気なのです。
さて、この次、ウサギとカメが出会ったときのことは、イソップという人が書いてくれています。みなさん、ご存知ですね?
江坂 遊
1953年大阪生まれ。星新一ショートショートコンテスト’80で「花火」が最優秀作に選ばれデビュー。星新一の教えをうけ千篇以上の作品を執筆。『花火』『無用の店』(光文社文庫)はその代表的な作品をまとめたもの。
イラスト:アカツキウォーカー