「読んだ者に、これほどの思いを残す物語」
江中みのり/作家
「心の底から楽しみなのに、読むのが怖くて仕方ない」
この物語を目の前にして、私は胸の高鳴りと共に、異様な不安を覚えました。
何せ『天と地の守り人』でシリーズの本編が完結してから、気づけば十年以上が経っており、「続編、出ないかな? ––––できるなら、『その後』の話を読んでみたい」と期待しつつ、「でも、もう出ないだろう」と思い込むことに慣れきっていたファンにとって、まさに青天の霹靂。夢に見ることさえ忘れていた、「その後」の物語なのです。
しかも今回バルサが守るのは、「ジグロの娘」かもしれぬ相手。「ジグロに娘? 聞いてない!」と、誰もが戸惑ったと思います。
完結から長いブランクを経て、もしかすると私は昔のように純粋に『守り人』の世界を楽しめないかもしれない。––––大好きだった物語だからこそ、「その後」にずっと想像をめぐらせていた。その膨れ上がった想像が邪魔して、新しい物語を楽しめなくなってしまった自分がいるかもしれないことが、恐ろしい。そう思いながら、おそるおそる読みはじめました。
でも、物語の中を吹き抜ける風は、そんな不安をすっかりさらって消し飛ばしてしまい、読み終えたときには「ああ、よかった」と思いました。かつて強く憧れたバルサが、変わらず––––いいえ、より貫禄を増してそこにいてくれたことに。
物語のはじまりは、『神の守り人』冒頭でも出てきた、懐かしい<ヨゴの草市>。まだ戦の傷跡が残る新ヨゴから、舞台はロタへと移っていきます。
バルサが守るのは、サダン・タラム<風の楽人>という旅の楽隊。しかもバルサがかつてジグロと共に関わったことのある人々です。
彼らを守り、進んでいく中で、バルサはふたつの謎に向き合います。ひとつは「エオナはジグロの娘なのか?」、もうひとつは「エウロカ・ターン<森の王の谷間>でかつて何があったのか?」。
過去と現在を行き来する物語は、まるで推理小説のようで、バラバラになった土器の破片が丁寧に復元されて器の形になっていくように、人の思いが残した小さな手掛かりが繋ぎ合わされて、ふたつの謎の真相が、次第にあらわになっていきます。
そしてその過程で、バルサは改めてジグロという人を回想し、弔うこととなります。
『闇の守り人』は間違いなく、バルサがジグロを弔う話でした。では『風と行く者』で再び行われる弔いとは何なのか? ––––そう考えたとき、『闇の守り人』は「ジグロの魂」を弔う話で、『風と行く者』は「人間としてのジグロ」を弔う話なのではないかな、と私は思います。私たちも、バルサさえも知らなかったジグロという人間を、見つめ直す物語。そして少女の頃のバルサと、大人になったバルサのふたつの視点を通して、過去を丁寧に解き明かし、今と未来を生きていける力に変えていく物語。
作中でバルサが「守られた者に、これほどの思いを残す守り手」と評される場面がありますが、『守り人』シリーズも、まさにそう。読んだ者に、これほどの思いを残す物語。
私はきっとバルサたちの「さらにその後」に、これからも思いを馳せつづけます。
江中みのり
作家。『吉原百菓ひとくちの夢』(KADOKAWA)で第二十四回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞しデビュー。