『てんじつきさわるえほん 音にさわる』は、著者で、全盲の広瀬浩二郎さんが、「子どもたちがさわることから想像を膨らませることの楽しさを感じてもらえたら」という思いで、作った本。春夏秋冬をとおした物語で、様々な感触の隆起印刷が登場します。
新型コロナウイルス感染症の拡大とともに、「さわる」ことがタブーのようなイメージとなってしまったことで、そもそもさわるとはどんな意味をもっているのかという、基本的な問いに立ち返ることになったという広瀬さん。この絵本が作られた経緯についてくわしくお話を伺いました。
広瀬さんについて教えてください。
ぼくの特徴を以下に挙げてみますね。
・全盲であること(まったく目が見えない人)。
・50代のおじさんであること(若くはないけど、わりと元気です)。
・食べ物の好き嫌いがないこと(見かけにだまされず、何でもおいしく食べます)。
・本を読むのが好きなこと(読書は指で点字にさわるか、耳で音声を聞きます)。
・仕事は研究者(日本の歴史や宗教、文化について勉強しています)。
・趣味はスポーツ観戦と武道(合気道を20年ほど続けています)。
この絵本をつくることになったきっかけはなんでしたか?
これまで、ぼくは主に大人向けの本を書いてきました。いろんな所に行って、さまざまな人に出会ってきたので、自分が経験したこと、考えていることを多くの人に伝えたいという希望があります。
今回は子どもを含め、たくさんの人にぼくのメッセージをとどけることができる絵本づくりに挑戦しました。目で見て、手でさわって、「あとがき」を耳で聞いてもらい(*)、あの手この手で絵本を楽しんでいただけたらうれしいです。
(*)本の裏側に印刷されている「あとがき」は、こちらから、著者自身による音声でお聞きいただけます。本の裏表紙にもQRコードからとぶこともできます。
テレビ、スマホ、パソコン「見ること」が中心の現代の生活の中で、広瀬さんは見えないことをどのように感じていらっしゃいますか?
たしかに、「見えない」ことは不自由ですし、不便です。でも、最近は「周りの人と違う」ことに、おもしろさを感じるようになりました。「ぼくにしかできないこと」「ぼくだからできること」があると実感しています。
それに、世の中には「目に見えないこと」がたくさんあるでしょう。今回の絵本が「目に見えない世界」の豊かさに気づくきっかけになればと願っています。
小学生時代、目が見えにくいぼくは、周囲の同級生との「違い」が恥ずかしかったり、いやだなあと感じたりしてました。でも、今は「みんないっしょだと、つまらない」「目の見えない人は、目に見えない世界の広さと深さを伝える役割がある」と考えています。
中の絵もとってもカラフルでかわいらしいですね。言葉を味わいながら、見たりさわったりしていると、自然と心がわくわくする絵本です。主人公の「さわるくん」のキャラクターはどうやって生まれましたか?
「さわるくん」のイラストを描いてくださったのは日比野尚子さんです。現在、ぼくは「だれもが楽しめる博物館」を実現させるために、展覧会を開いたり、各地で講演をしたりしていますが、そんなぼくの仕事を手伝ってくれているのがイラストレーターとしても活躍している日比野さんです。
「さわるくん」については、「全身が手になっている」「身体から手が飛び出す」というぼくのぼんやりしたイメージを伝えたところ、日比野さんがかわいいイラストを描いてくれました。今後、「さわるくん」にも協力してもらい、全国に「だれもが楽しめる博物館」を広げていきたいですね。
今回の絵本の特徴は、作者(文章を書く人)、イラストレーター(絵を描く人)が対面で相談しながら、共同作業でそれぞれのページを仕上げたことです。偕成社の編集者からアドバイスをいただいたことも、絵本を完成させるうえで、たいへん役に立ちました。多くの人の「手」によって、「さわるくん」が生まれ、歩き出したのです。読者のみなさんが「さわるくん」に手を重ね、各ページをじっくり楽しんでもらえたらと思います。
絵本には点字に加えて、さまざまな感触の隆起印刷が使われています。実際に完成した絵本をなぞってみて、いかがですか。また、こだわりはありますか。
まず、ブツブツ・ザラザラ・ツルツルなど、それぞれのページの手触りを楽しんでもらいたいです。さわってわかる印刷なので、目の見えない人もこの絵本を読むことができるでしょう。でも、ぼくは目の見える人にも絵にさわってほしいと願っています。
サクラの花、セミ、落ち葉、雪はどんな感触ですか。そして、どんな音がするのでしょうか。各ページにある♪マークの言葉を手がかりとし、春・夏・秋・冬の音を想像してみてください。音は目に見えないけれど、みなさんそれぞれのやり方で感じられるはずです。絵にさわると、「さわるくん」といっしょにあちこちを歩いているような気になるかもしれません。
絵本には春夏秋冬が描かれていますが、広瀬さんはどの季節が一番好きですか?
ちょっと前までは「好きな季節は?」と尋ねられたら、迷わずに「夏」と答えていました。アイスクリーム、スイカ、冷麺など、好物がたくさんあります。夏は薄着になり、肌の露出も多いですね。触覚が敏感になるということが、夏を好む理由なのかもしれません。ただ、最近は夏が暑くて、歩いているだけで疲れてしまいます。猛暑に負けないよう、もっと身体を鍛えないといけませんね。
絵本の各ページをさわりながら、春もいいなあ、秋も捨てがたい、いや冬も悪くないぞなどと、「さわるくん」とともに四季の変化を楽しんでいます。「わたしは春が好き」「ぼくは秋がいい」と、この絵本を見て、さわった人々が、わいわい・がやがやと交流してくれたらうれしいです。
ありがとうございました!
ユニバーサル・ミュージアム––––さわる!“触”の大博覧会
会期:9月2日(木)〜11月30日(火)
時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:水曜日(※ただし、11月3日は開館、翌4日は休館)
会場:国立民族学博物館 特別展示館
住所:大阪府吹田市千里万博公園10-1
関連サイト:https://www.minpaku.ac.jp/ai1ec_event/16854
観覧料:一般880円、大学生450円、高校生以下無料
お問い合わせ:TEL:06-6876-2151
広瀬浩二郎
1967年、東京都生まれ。13歳の時に失明。筑波大学附属盲学校から京都大学に進学。2000年、同大学院にて文学博士号取得。専門は日本宗教史、触文化論。2001年より大阪にある国立民族学博物館に勤務。現在は学術資源研究開発センター准教授。「ユニバーサル・ミュージアム」(誰もが楽しめる博物館)の実践的研究に取り組み、「触」をテーマとする各種イベントを全国で企画・実施している。著書は『目に見えない世界を歩く』、『触常者として生きる』、『それでも僕たちは「濃厚接触」を続ける!』など多数。