大人がいつまでもひとところに立ち止まっているときに、子どもはいとも簡単に壁を乗りこえることがあります。きょうご紹介するイギリス発の児童書、『さよなら、スパイダーマン』(アナベル・ピッチャー 作/中野怜奈 訳)は、テロ事件で姉を失った男の子ジェイミーが、死という悲しみを受け入れ、他者との理解を深めていくまでの物語です。一見、重くなりがちなこのテーマを、ときに笑いをさそう少年の語りで、軽やかに描きます!
「ぼくの姉さんのローズは、暖炉の上においてある壺の中にいる。」
もうすぐ10歳になる少年ジェイミーは、5年前、姉のローズをテロで失いました。そして、大好きな母親は、悲しみから立ち直れずに酒におぼれる父親をおいて、愛人のもとへ家をでていったばかり……。
5年前–––ジェイミーはまだたったの5歳で、事件のことも、ローズのことも、かすかにしか覚えていません。けれども、父親がローズの死の悲しみから抜け出せない限り、ジェイミーと、ローズの双子だったもう一人の姉、ジャスの日々は曇ったまま。うれしいことも悲しいことも、すべてローズの影という蓋に覆われてしまうのでした。
そんなやり場のない思いをかかえたジェイミーが、新しい学校で出会ったのは、父親がもっとも嫌悪する、イスラム教徒の少女、スーニャでした。家での重苦しい空気、そして学校でのいじめ……という居場所のない中で、唯一の話相手のスーニャは、やがてジェイミーにとって太陽のような存在になっていきます。
父親への後ろめたさや、幼さから、ときにスーニャに辛くあたってしまうジェイミーでしたが、それでもスーニャに惹かれ、大切に思う気持ちは何ものにも変えられず、さまざまな葛藤や衝突が彼を成長させていきます。そして、それはやがて家族をもすこしだけ前進させるきっかけをつくるのでした。
あらすじを紹介すると、やはりけっこう重たい話なのでは……と思うかもしれませんが、ジェイミーの語り口はいたってユーモラスですし、スーニャとのやりとりもすごくおもしろい。たとえばスーニャとジェイミーのこんな場面。
「あなたのことは無視するから」
「って話してるじゃん」
「今日はもう話さないって、言っといてあげたほうがいいと思っただけ」
「スーニャ、ごめん」
「ちゃんと反省してよ」
「あれ? もう話さないんじゃなかった?」
スーニャが軽くたたいてきて、足のけがにふれた。
「痛っ!」
シリアスな場面でついおちゃらけてしまったり、不器用で、思ってもいないことを口走ってしまったり……この10歳の等身大の少年に、ページをめくるごとに親しみがわいてきますし、スーニャも明るくておもしろくて、とってもすてきな女の子なのです。