毎朝決まった時間に起きて会社に行き、お昼にお弁当を食べて、帰りにはお気に入りのパン屋に寄る……。そんなささやかで、小さな幸せにあふれたトガリネズミの日々を描いた『ちいさなトガリネズミ』。絵本作家、みやこしあきこさんが手がけるはじめての絵童話です。どのようにしてこの作品が生まれたのか、みやこしさんにたっぷりとお話を伺いました。
この絵本を描く以前から、トガリネズミの絵を描かれていたそうですね。どうしてトガリネズミを描かれるようになったのでしょうか?
2008年にドイツで暮らしていたときに仲良くなった友人が、南ドイツに住んでいて、その後日本からも何度も遊びにいかせてもらいました。森の中のひらけたところにある、古くてとても素敵なお宅なのですが、いっしょに森を散歩しているときに、道にトガリネズミが死んでいるのを見つけたんです。とても寒い日の朝に、ビロードのようにつやつやした毛皮が陽を浴びて、とてもきれいでした。大好きな友人とのとても良い時間だったので、そのシチュエーションもふくめて印象に残っていたんだと思います。それからなんとなくトガリネズミは気になる動物で、10年以上たってふとあの動物を描きたくなり、傘を持っているトガリネズミを描きました。
絵本にしようと思ったきっかけは何でしたか?
トガリネズミが傘を持っている絵を描いてから、すっかりトガリネズミを好きになってしまい、この人はどんな生活をしているのか、傘をもってどこに行こうとしてるのか、と想像が膨らみはじめました。小さくて素早くて愛らしく、存在自体におかしみもあって。ちょうどそのころ個展があり、そこで傘の絵も展示したのですが、編集者の矢作さんも、その絵を気に入ってくれて、この人が主人公の小さな本を作りたいねと話しました。それでトガリネズミの絵をさらに何枚か描いて、そのあと、この本の3話目に収録された、友人が年末に訪ねてくる短いお話が生まれました。
トガリネズミが日々を丁寧に過ごし、その中の小さな幸せが淡々と描かれています。お気に入りのシーンをいくつか教えてください。
いくつか、というと、お気に入りのシーンばかり詰めこんだので難しいですが、1話目でいうと、朝まだ暗いなか家を出ていくシーンです。このトガリネズミは規則正しく毎日毎日この場所を行ったり来たりしているんだなと思うと、なんとなく哀愁を感じます。それと3話目の、友だちが夜帰って一人、椅子に座っているシーン。私も家に友人を呼んで、みんな帰ったあとにだらだらと残り物をつまんで余韻にひたるのが好きなのですが、年末の高揚感も相まって、寂しげだけど満足感もある、好きなシーンです。
画材や画法などを教えてください。絵を描く際に、今回とくに力を入れた点はありますか?
最初はビンテージな風合いを出したくて、リトグラフで原画を描きはじめたのですが、一時期リトグラフが出来ない環境になったりしたことから、手描きでもっと良い描き方はないかと模索し、同じシーンを何度も違う描き方で描いて、この水彩に木炭の描き方に落ち着きました。水彩でどのていど描きこむかを何パターンも試しました。細かい調整もできて、色数にも縛られず色を使えるので、結果的に良かったです。
絵本を描くとき毎回そうなのですが、このトガリネズミさんの部屋や持ち物、街のようすなど、一つ一つあれこれ考えながら描きました。ベルリンに滞在していたときに目にして気になっていた、昔の東ベルリンの資料を見たり、アキ・カウリスマキ監督の映画などを参考にしたりしました。
装丁など、本作りでこだわったことを教えてください。
今回、今まで私がやったことのないことをやりたいね、と編集の矢作さんとデザイナーの坂川朱音さんと話していて、このカバーの型抜きを提案してもらいました。カバーをかけると小さいトガリネズミを穴から覗いているような可愛さがあり、カバーをはずすとタイトルもない絵が全面に広がって、置いたらまるで絵を飾っているみたいに見えるようにしました。子どもたちにはもちろん読んでほしいですが、ことさらに子ども向けらしくという風には考えていなかったので、シックな雰囲気にしてもらいました。カバーの色でさんざん悩みましたが、最初に気に入ったこのキャラメル色に着地して、今はこの色がトガリネズミカラーとして私の中に定着しています。
続編は考えてらっしゃいますか?
いろいろ考えています(笑)。今回の制作を始める当初から、あの話も、この話もどうだろうといろいろ夢が広がっていたので、第2弾も出せたら嬉しいです。トガリネズミの世界を作っていくのが大好きなので、もっともっと広げていきたいです。トガリネズミはいつかハワイに行けるのかな、と気になります。
トガリネズミがハワイに行く回を楽しみにしています。ありがとうございました!
みやこしあきこ
1982年埼玉県生まれ。武蔵野美術大学卒業。在学中から絵本を描きはじめ、2009年に『たいふうがくる』で「ニッサン童話と絵本のグランプリ」大賞を受賞しデビュー。2012年『もりのおくのおちゃかいへ』で日本絵本賞大賞を受賞。数々の言語に翻訳出版されている『よるのかえりみち』はボローニャ・ラガッツィ賞(2016年フィクション部門Special Mention)受賞後、ニューヨークタイムズ&ニューヨーク公共図書館The Best Illustrated Children’s Books of 2017、ミュンヘン国際児童図書館The White Ravens 2016に選ばれるなど、海外からの評価も高い。その他の作品に『のはらのおへや』『ピアノはっぴょうかい』『これだれの?』『ぼくのたび』『かいちゅうでんとう』などがある。