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作家が語る「わたしの新刊」

『ナマコ天国』本川達雄先生インタビュー

2019.05.24

手にもつとぐにゃぐにゃになったり、2つに切ると2匹になったり、とっても不思議な生き物「ナマコ」。でもじつは、超省エネに生きる、奥深~い秘密をもっていたのです。知らなくても困らないけど、知っていると面白い、ナマコの世界を充実の内容で描いた絵本、『ナマコ天国』(本川達雄 作、こしだミカ 絵)。大ベストセラー『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書)なども手がけた、著者の本川達雄先生にお話を伺いました。

先生はナマコを40年以上研究されていると伺いましたが、そもそものきっかけはなんだったのですか?

最初はウニでした。ウニのとげは、クリのいがみたいでしょ。でもクリと違って、とげの根元が関節になっていて、とげが動けるんです。ところがとげにさわると、とげは硬く動かなくなります。じつは関節の部分が薄い皮で包まれていて、その皮が硬くなって、とげがぴんと立つ。とげを動かしたくなると、皮は軟らかくなるんです。この「皮の硬さが変わる」という現象は、棘皮動物(ウニ、ヒトデ、ナマコなど)だけにしか見られない現象で、これを最初にウニで発見したのが、私の先生なんです。

先生の指導の下に、この現象をもっと深く追究しようとしたんですが、ウニの皮なんて厚さが1mmもない。そこへいくと、ナマコは体全体が皮だから、もしこれがウニと同じ性質を示すなら、ずっと研究が進むだろうと考え、築地でナマコを買ってきてやってみたんですが、うまくいかず挫折。その後30才の時に東京から沖縄に移って、瀬底島で研究しはじめました。島にはナマコがごろごろいたんです。「これはやっぱり、ナマコを再開しなきゃ」と。

東京での研究にはどのような難しさがあったのでしょうか?

今にして思えば、買ってきたナマコは弱っていたんですね。死ぬ間際の苦しまぎれの反応しか得られなかったから、わけがわからないことになった。でも島では活きのいいナマコがとりほうだい。ナマコから皮をほんの一部だけ切りとって実験し、本体は海に戻す。すると傷はすぐに治って元気に生きていく。沖縄では一匹も殺さずに研究できました。こういう環境だと、ナマコのほうも機嫌よく付き合ってくれるんです。相手は生き物ですからね。相手のご機嫌というのもあり、これが分かるようになるのが重要です。

そのようなナマコの不思議な生態がさまざまこの本にのっていますが、先生がこのなかで一番面白いと思うページはどこでしょうか?

やっぱり、この表ですね。だって、おかしいでしょ。なにもないんだもん。脳も目も心臓もない。人間の基準でいったら、脳死・心臓死・目の対光反射なしと、死んだとされる兆候がすべてそろっている。それなのに立派に生きているのが、ナマコです。

死ということでいうと、ナマコを調理するときって、さばき始めてどの時点で死んでいるのでしょう

切り出した皮だけでも数日生きてます。皮の中の神経がちゃんと反応するんですよ。なんと冷凍して、一か月おいてから解凍しても、まだ反応するの。脳や心臓のように死にやすい部分がない。だからいつ死んだの? といわれても、うーん? としかいえない。

ナマコの話を聞いていると、生きているとはなんだろうという気持ちになってきますね。今回ナマコの本をつくるうえで、子どもたちに伝えたいこと、意識したことはありますか?

ナマコのことなど知らなくたって良い社会人になれるし、良い子になれるから、こんな本を出して意味があるのかな、と思っていました。それにナマコは自分の専門で、これを出すと自己宣伝となってしまい、品がない。なるべく自分の専門に関しては、遠慮したほうがいいのかなと思っているもんですから、他社から先に「ナマコの絵本を出しましょう」という話があったときも、いやあーってことわった。でもまた別の会社(偕成社)から依頼がきた。だれも興味をもたないような分野だからこそ、ナマコの研究をやったのですが、こうお声がかかると、「ナマコには知る価値があると思ってくれる人が、けっこういるらしい。ナマコの絵本を出してもいいのかもしれない」と思い直したんです。

それでも「みなさん、ぜひ読んでちょうだい!」と大声でいうのは、ためらわれます。でも読んでくれると嬉しいなあ。これは大いに、ためになる絵本なんですから。ただし、ナマコのことを知るとためになる、という意味じゃない。こういう、見た目も悪いし、なんだかグロテスクなナマコみたいなものとも、ちゃんとつきあえるようになれるのは、とても重要なことだと気づくところに意味がある。人間って、どうしても自分の好きなものとしか付き合わないんですよ。動物番組だって犬猫パンダばっかりで、かわいいものしか出てこない。あと動きが面白いとかね。何分間もじっと動かないナマコの場面をテレビで流したら、チャンネルを変えられちゃいますから、しようがないんですけどね。でもテレビ番組で動物を理解したと思ったら、間違ってしまいます。

このせわしない時代だからこそ、じーっとしているつまらない動物との付き合い方って、とても大事だと思う。「動かないねえ、不思議ねえ、なんだか感じが悪いねえ」と。感じが悪いというのは、自分と違ってどうも変だという感情です。自分と似ていたら心が通じそうで感じが良く、好きになれる。でも、どう見てもナマコは好きになれない(笑)。そういうものと付き合えることが大人になるということです。世の中には自分の好きでもない物も人もあふれています。それらとも賢く付き合えないといけない。相手のことを理解すれば、自分とはまったく違った生き方で、それなりにちゃんと生きているんだなあと分かり、たとえ好きになれなくても尊敬できる、そうなれば付き合える、というのが、この本の一番のメッセージです。

たしかに、今の時代だからこそ伝えたいメッセージですね。

ナマコの世界は、ぼくらのものとはまったく違う、超省エネで成り立っている世界です。エネルギーを極端に使わないから、ナマコはあまり食べなくてもいい。おかげで食べ物を探さなくてもいいから、体に筋肉がほとんどなくなる。そんな皮ばかりのナマコを食べようとする敵は、少なくなる。ナマコは食うに困らず、食われないんだから、これは天国の生活です。

人間もこの世を天国にしようと努力しているけど、ナマコと正反対のやり方です。エネルギーをじゃぶじゃぶ使う。おかげで温暖化も起こるし、原発も必要になる。ナマコの天国を知ると、現代人の天国の作り方はこれでいいのか、という批判的な視点がもてますよね。『ナマコ天国』という題名はそれを暗示しているんです。

なるほど、それで「ナマコ天国」なんですね。

エネルギーを使わないと、時間がゆっくり進むというのが僕の時間論です。最近では、ペットショップでナマコを売るようになりました。ナマコを見ていると癒やされるんですよ。そこでは時間がゆっくりと流れている。便利で速い時間ばかりがいいわけではないという考え方がだんだん出てきていますよね。世の中が変わってきているんです。そこに気づかせる、これは最先端の本なんです(笑)。

先生は小学校に出張授業にいかれるそうですが、子どもたちにどんな授業をしているのですか?

国語の教科書に「生き物は円柱形」という僕の文がのっています。それをもとにして出前授業をしています。まず自分の体の円柱形の部分はどこ? と聞きます。指・腕・足・胴、と答えが出ます。体の中は? と聞く。骨・血管・腸・神経と答えが出る。そこで「生き物は円柱形」という自作の歌をうたって、なぜ円柱形が多いのかを考えていきます。自分の体になぜこんなに円柱形が多いのかなんて、理科では教えません。なぜなら理科で「生き物は円柱形」といったら間違いだからです。指も腸も円柱のようなものであって、円柱形ではない。円柱形とは数学の概念で、厳密な定義があります。理科で生き物の形は? と問うても、定義どおりの形などしていませんから、答えは出ません。

でも、円柱形に「見立てる」と、体の非常に多くの部分が円柱に見えてくる。ただしあくまで見立てるんですから、見立て方は一つとは限りません。正解は一つじゃない。上手に見立てるのが国語における文章の読み方のコツなんですね。正解は、読み手によって変わっていい。それに対して理科は、正解が一つしかないんです。

だから子どもたちには、理科的な見方と国語的な見方、両方が必要だと教えています。理科の内容を、国語の中にいれて勉強させるところが、この授業の味噌なんです。理科と国語の両方の見方を身につけてはじめて、世界をちゃんと見ることができる、それが大人になるってことなんだよと話しています。だから国語が好きだから国語だけ勉強する、というのではダメ。嫌いなものも勉強してはじめていい大人になれる。これもナマコと付き合えるといい大人になれるというのと、似た発想ですね。

科学は、自然をどう見るかというものの見方の一つなの。知識は最終的には、見方にならなければいけない。そして見方というのは、一つだけが正解というわけでは決してない。この絵本はそういう見方ができるようになるものなんですよ。

そういう先生のやわらかいものの見方とか着想力は、どこからくるのでしょうか?

ぼくは動物が好きで動物学者になろうと思ったわけじゃないから。生物学者の素人なんですよ。50年動物学者をやった今でも生物学者になりきれていないの。だから、「ナマコって変よねえ」というナイーブな質問がぽんっと出ちゃうわけ。なんでこんなことするの?(というよりはナマコはなんで何にもしないの?)という疑問は、そんなナマコの行動の価値・意味を問うているんです。

でも科学って、価値や意味を問わないんです。だって物が落ちるのに意味も価値もないですよ。なぜWHYは意味を問う疑問です。科学はなぜではなく、どんなメカニズムで落ちるの? とHOWを問う。

なんでナマコは動かないのか? というのはWHYです。でも、そういうことを考えちゃうのは、素人なんですね。HOWよりWHYが先に来ちゃうんです。だからこの本は面白い。

『ナマコ天国』は、ナマコに興味がない人にも楽しんでもらえる本だと思います。今日はありがとうございました!

*ちなみにナマコ研究の出発点、棘皮動物の皮の硬さが変わるメカニズムについては、まだ解明されていないそうです。「あるていど目鼻はついたけれど、定年で時間切れ。あとを引き継いでいる人もいません」とのこと。『ナマコ天国』の読者諸君、未来の生物学者たち、ぜひこのナゾに挑戦してみては


本川達雄
1948年、仙台に生まれる。71年、東京大学理学部生物学科(動物学)卒業。東京大学助手、琉球大学助教授(86年から88年までデューク大学客員助教授)、東京工業大学大学院生命理工学研究科教授を歴任、東京工業大学名誉教授。理学博士。専攻、動物生理学。著書に『ゾウの時間 ネズミの時間』『生物多様性』『ウニはすごい バッタもすごい』(以上、中公新書)、『歌う生物学 必修編』『ナマコガイドブック』『世界平和はナマコとともに』(以上、CCCメディアハウス)、『生物学的文明論』(新潮新書)、『人間にとって寿命とはなにか』(角川新書)、『生きものとは何か』(ちくまプリマー新書)など多数。子どもむけの絵本に『絵とき ゾウの時間とネズミの時間』『絵とき 生きものは円柱形』(ともに福音館書店)、『生きものいっぱい ゆたかなちきゅう』(そうえん社)がある。

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