あなたのお母さんは、あなたから見て、どんな人でしょうか? 頼りになる人? ちょっと怖い人? 友だちみたいになんでも話せる人? 『わたしのママはしずかさん』(角野栄子 作/小谷あかね 絵 偕成社文庫)の主人公リコは近頃、自分のお母さんがあまりに変わっているのではないかと心配しています。おっちょこちょいであわてん坊、まるで子どもみたいな、ゆかいなお母さんを描いた角野栄子さんの痛快な作品です。
こんなに変わったお母さん、いる?
リコは小学6年生。6年生といえば、少しずつ外の世界や常識などにも触れ、まわりが見えてくるお年頃です。リコは近頃、「しずかさん」と呼んでいる自分のお母さんがとっても変わり者なのではないかと心配になってきたのでした。
たとえば、なぜだか眠れなかった夜。しずかさんは、誰にも考えつかない「おまじない」を発見します。それは「指しゃぶり!」。ぎょっとするリコをよそに、「ねむれないときって、おもしろいこと考えつくものなのね。」「あら、おとながやっちゃいけないってことないのよ。」と、しずかさんはすましています。そうして、指をしゃぶって寝たら大変おもしろい夢をみたと、得意げに語るのです。そんなしずかさんをみて、リコはこんなふうに思います。
そういえば、ついこのあいだまで、魔法使いだって、サンタクロースだって、いると信じていたのに、あれは遠いむかしのことのような気がする……。
そして、しずかさんのすることをあきれたり、はずかしくおもうことなんて、一どもなかったのに……。あのころは、しずかさんはわたしの仲間だった。わたしはいつしずかさんを追いこしてしまったのだろう。
また、たとえばケーキが1つしかなかったとき。親たるもの、すこしは子どもに譲るものですが、しずかさんの場合、そうはいきません。裁判官みたいにきちんと座って、「切るわよ」という掛け声とともに、完全な二等分にしてしまいます。そして、それでも微妙に大きさに違いがでてしまうところを、なんの遠慮もなく「大きい方」をねらいにいくのです。
そんな子どもみたいなしずかさんですが、実はコピーライターの仕事をしています。作品では、「先生」と呼ばれて、電話で仕事が舞い込む、というかっこいい姿も描かれます。また、京都育ちのすましたおばさんを食事に招いた際は、肉がすこしついたあばら骨の料理(どんな人も犬のようにかぶりつかないと食べられないので、通称「ワンワンごっこ」)を出し、たちまち自分のペースに持っていってしまう才能もあります。
角野栄子さんも「しずかさん」? 作品が生まれたきっかけは
作者の角野栄子さんは、この作品のあとがきで、こんなエピソードを書いています。
ある日のこと、私は13歳になる娘の背の高さを測ってやり、柱にすじで印をつけました。この柱で背を測るようになってもう8年、印は3ヶ月か6ヶ月の間隔でついています。私はそれをしげしげとみていいました。
「あら、いままででいちばん高いじゃないの。よかったわね。」
そのとたんに、娘はふーっとため息をつきました。
「あら、なにか……」
「ママ、あたりまえでしょ。子どもが縮むわけないでしょ。」
娘はあきれたように笑いました。
ここで告白してしまうと、困ったことに、私はそのあたりまえなことがよく解らない人間なのです。こういうことは一人まえの大人として恥ずかしいこと、とくに母親はそうあってはいけないと、ときどき深く反省するのです。でも……。
このときも、私は「でも……」といいだしました。「不思議の国のアリスだって縮んだじゃないの。」
みなさん、そうじゃありませんか。縮むことだってあるかもしれないとお思いになりませんか。
そこで私は、私よりもっとあたりまえでない〈しずかさん〉という人物を作ってみました。いかがでしょうか。あたりまえじゃないのも案外いいな、と思っていただけたら、味方がふえてとても心強いのですが……。
もちろん「常識的」に考えれば、子どもが縮むなんてまずない!のですが、この本を読み終えた読者は(作者の思惑通りに!)「当たり前のこと」だけを主張して生きていても、なんだかつまらないなあ、しずかさんと暮らしたらどんなに毎日が楽しいことだろう!という気分になっていることでしょう。作者の角野さんも「しずかさん」だったんだ!と、がぜん、娘さんをうらやむ気持ちになってきます。(娘さんが「ふーっとため息をついた」というところが、きっとこれは初めてのことではないのだなあ、と思わせるものがあり、おかしみが増します)
「しずかさん」を読むと、ちょっと変わった人に出会ったとき、眉をひそめるのではなく、おもしろがる心の余裕を持てるようになるかもしれません。正しいこと、当たり前のことばかりの世の中にちょっと疲れたり、疑問がわいたりしたら、ぜひ手にとっていただきたい一冊です。
*リコのお父さんのことを描いた『わたしのパパはケンタ氏』(偕成社文庫)もあります。あわせてどうぞ!