「アサギをよぶ声」(森川成美 作/スカイエマ 絵)は、本編3巻+アサギの孫ヤヒコが主人公の特別編1巻、全4冊のシリーズです。狩猟と採集をして暮らす村を舞台に、主人公のアサギという少女の成長を描きます。悩み、ときに後悔しながらも、まっすぐに進むアサギの頑張る姿は、応援せずにはいられない! まずは本編3巻、一気に読むことをおすすめします。
舞台は、日本の古代の村
「アサギをよぶ声」は、アサギという少女が、村で初めてとなる女戦士をめざし、やがて村の平和を守りぬくまでに成長していく物語です。……ときくと、例えば歴史上の人物だとジャンヌ・ダルク、児童文学だと「守り人」シリーズのバルサを思い浮かべる人がいるかもしれません。そのイメージは「自分の確固とした意志のある、強い女性」でしょうか。けれども、このアサギという主人公は、すこしそれとは違い、あくまで等身大の少女であることに、何よりの魅力があります。
*
「おまえが男だったらよかった」––––これは、父親のいないアサギの母の口から、ことあるごとにこぼれる言葉でした。それは、「おまえが男だったら、父のように戦士になっていたであろう」という意味をもっています。
家族に戦士がいないため、配給制のこの村で物資の割り当てが少ない、母との二人暮らし。なぜか村の人も自分たちにはよそよそしい。蓋をされたようなもやもやとした気持ちを抱えていたある日、通りがかったハヤという腕のいい戦士に、思わずこんなことをきいていました。
「女は戦士になれないのですか?」
ここから、物語が動き出します。
なぜか、口をついて出てしまった言葉でした。「どうしても戦士になりたいのか?」と問われると、うなずく動作とは裏腹に「さっきあそこでハヤとばったり出会うまで、自分が戦士になることなど、考えてもみなかったのだ。どうしてもなりたいなどと思っているわけはない。」と迷ってしまうほど、その足下はまだまだぐらぐらしています。でも、自分の胸にうずく、言葉では言い表せないもどかしい思いが、なにかこの一言で開ける気持ちがしたのです。
ハヤに心意気を認められたアサギは、彼のもとで、密かに戦士になる稽古を積みはじめます。もうやめよう、なんで始めてしまったんだろうとくじけそうになりながらも、アサギの口から出た「戦士になりたい」という言葉を後から裏付けするように、彼女の胸には新たな感情が芽生えてきます。
勝敗が問題なのではない。ぜひとも的に当てたいと思い、そのために自分のいま持っているものを量り、そのうえであらゆる知恵をふりしぼる。そういうことに、こたえようもなくぞくぞくするのだ。
おばあにいわれたとおり、上、下、上、下と織物をしているときには、感じなかったことだ。 (『アサギをよぶ声 新たな旅立ち』P53)
巻を追うごとに賢く、たくましくなっていくアサギは、やがて戦の先頭にたち、旗振り役をするまでに成長していきます。圧巻の戦いのシーン、そしてそのあとの目頭の熱くなる人間ドラマまで、ぜひ見届けていただきたい物語です。
悩みながら進む、等身大の少女の物語
「戦士になりたい」その言葉の先に待ち受けていたものを、アサギはすべて見越していたわけではありませんでした。アサギよりも先に、行くべき道がどんどん開けてしまい、そこに必死についていく––––走りながら考える、後戻りしたいと思う、こわい、死にたくないと思う、でも前に進まなければいけない。その迷いながら進む姿は、とても人間らしく、心からアサギを応援したいという気持ちで、ページをめくる手にも熱がこもります。
アサギの周りには、最初から彼女を信頼し、やさしく見守ってくれる人物(と猿)たちもいます。師匠であるハヤにはモノノミカタ(=ものごとを、ありのままに見て、なにものにもとらわれずに、その意味するところを考えること)を教わります。どこかから聞こえる声、困ったときに現れる猿(その正体もいずれわかります)は道案内人。そして、同じ村の男戦士イブキの明るくまっすぐな眼差しは、生きることの支えに。
縄文から弥生時代への移行期を思わせる、先進的な村とアサギのいる村との比較も描かれ、その間にあったであろう諍いのなかで、新たな時代を切り開いていく少女の物語です。
アサギに会いに、古代の村にタイムスリップ! してみませんか?