池のほとりを歩いている、ほんの数十秒。そんなわずかな時間を切りとって、その間に起こる小さなドラマの数々を描いた絵本、『よるのおと』(たむらしげる 作)。きょうは、5月5日(土)に発表された第65回産経児童出版文化賞の大賞にも輝いた、この絵本の魅力をご紹介します。
男の子が池のほとりを
夜、男の子が外を歩いています。おじいさんの家に向かっていて、もうすぐ到着するところです。「ああ、やっとついたよ。おじいちゃんのいえ」
もうおじいちゃんの家はすぐそこに見えていて、家のまわりの様子が描かれています。大きな池、池の水を飲む2頭のシカ、リリリリと鳴く虫、ポーッと遠くで汽笛を鳴らす機関車……。
静かな夜です。
このあと男の子がおじいちゃんの家にたどりつくまでは、わずか数十秒。この絵本では、そのわずかな時間に、男の子のかたわらで起きている一瞬のドラマを描いています。
ほかにも、このあと登場するたくさんのものが描きこまれています
パチャパチャ、クワクワックワッ。近づくと聞こえるさまざまな音、男の子のかたわらで起きているドラマ
、パチャパチャとシカが水を飲んでいます。池の中には魚が泳いでいました。
さらに近づいて、池に浮かぶ葉っぱと、その上のカエルが登場します。クワクワッと鳴くと、先ほどの魚がすぐそばを泳いでいきます。
そしてどこかから、ホーホーという鳴き声。木の上でフクロウがじっと何かをねらっていたのです。
ドラマが起こっている一方、男の子はおじいちゃんの家の犬に出迎えられています
耳をすませると、描かれていない「よるのおと」までもが聞こえてきそうな一冊です。
ほんの数十秒間を丁寧に切り取り、美しい青色が深みを生む。たむらしげるさんが9歳のころから胸に抱いていた思いが絵本に
この絵本は、作者のたむらしげるさんが9歳のときに知った、松尾芭蕉の有名な俳句が元になっているそうです。
「古池や 蛙飛びこむ 水の音」
この句を聞いた9歳のたむらさんの頭には、カエルが飛び込んだ池の水の波紋や、古池をこえた野原、さらにその先のものまで、さまざまな情景が浮かび、大きな衝撃を受けたといいます。それ以来ずっと胸に広がっていた思いが、この絵本になったのです。
また、絵本で印象深いのが、全体に広がる美しい青色です。実はこの色、4つの特の版を重ねるというかなり特殊な方法で印刷され、こだわりぬいて作られているのです。
詳しい技法は、担当編集者がこちらの記事で紹介しています。ぜひこの青色の秘密にふれてみてください!
絵本の中に流れる静かな時間、工夫をこらして表現された青色は、本物の絵本でしか味わえません。ぜひ実際に手に取ってみてくださいね。