ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ。この画家の名前は、世界的に知られ、とりわけ日本では「ひまわり」をはじめ、多くの作品が愛されている画家です。そのゴッホに、彼の創作活動を支えつづけた弟がいたことはご存知でしょうか。ゴッホは、その生涯で700通もの手紙を弟、テオに向けて書きました。『にいさん』(いせひでこ 作・絵)は、長年ゴッホの足跡をたどる旅をつづけてきた絵本作家のいせひでこさんが、ご自身のなかのゴッホとテオについて描いた絵本です。
父に憧れたゴッホ。兄を慕ったテオ。
オランダの片田舎で生まれた、ゴッホとテオ。父は、その村にたったひとつしかない、小さな教会の牧師でした。ゴッホは父のような宗教家に憧れていました。一方のテオは、ちかくの森で、麦畑で、どこへいってもいつも不思議なことやあたらしい発見、そして、美しいものをもってきてくれる兄を慕いました。
学校を出たゴッホは、都会の画廊ではたらき始めます。「にいさんとおなじ世界にいたい」––––兄の世界に魅せられたテオも、その背中を追うように、16歳になると画商となりました。けれども、一方のゴッホは父のようになりたいという夢をあきらめきれず、また、「魂の入った絵を、チューリップの球根のように売る」ことに抵抗をおぼえはじめ––––画廊をやめてからは、職を転々とします。
「ぼくは絵描きになる。ぼくはもう社会から自由だ」
そしてあるとき、テオのもとに届いたゴッホからの手紙には、たくさんのスケッチが同封されていました。
「ぼくは絵描きになる。ぼくはもう社会から自由だ」
自らの生き方、いえ、生きる術ををようやく見つけたゴッホの、妥協をしらない熱い絵画への思い。そしてその激しいまでの情熱に、ときに嫉妬をおぼえながらも、兄を支えつづけたテオ。テオの静かな語りをとおして、ふたりの芸術への深い愛情が、私たちに届きます。
あとがきより
最後に、いせひでこさんが、この本のあとがきにのこしている言葉を紹介します。
この絵本は、私の中のゴッホとテオのものがたりだ。1990年来ずっと、オランダ、ベルギー、フランスと、ゴッホの足跡をたどる旅をつづけてきた。光と影を追いながら、どれほど生と死について考えさせられてきたことだろう。エッセイ『ふたりのゴッホ』、絵本『絵描き』、妹と共訳した伝記『テオ もうひとりのゴッホ』をへて、どうしても描きたかった兄と弟のものがたり。兄の死後、テオがオランダの母に宛てた手紙の中のことば「Ce frère était tout pour moi!–––にいさんは、ぼくのすべて、ぼくだけのにいさんだったのです!」が、この絵本を制作するあいだ心をはなれることがなかった。
静かな文章と、ページをめくるごとにひろがる美しい画に、きっとあなたも引きこまれるはずです。つよい絆でむすばれた兄と弟を描いた1冊。どうぞ読んでみてください。