先ほどミルクが姿を消した角にさしかかり、千春は再び足をとめた。また、あの音が聞こえた気がしたのだ。右手に延びている、小道の先から。
道というよりも、ブロック塀のすきま、という感じだ。おとながひとり、ぎりぎり通れるくらいの幅しかない。毎日のように前を通り過ぎているのに、これまでちっとも気づかなかった。
なにげなく奥をのぞいて、声がもれた。
「あれ?」
数メートル先に、ミルクがいた。
狭い道の真ん中に、とおせんぼうするみたいに、ちょこんと座っている。薄暗いなか、真っ白な毛がぼうっと光を放っているように見える。
「ミルク!」
呼んでみると、みいい、と目を細めて返事をした。
なあんだ、と千春は思わず笑いそうになる。ミルク、遊んでほしかったんだ。紗希に会えなくてすねたわけでも、千春を無視したわけでもなくて、追いかけっこのつもりだったのかも。
鳥の声に似ていたさっきの音も、ひょっとしたらミルクかもしれない。猫はたまに、想像もつかないような、妙な鳴き声を出すことがある。
千春はしゃがんで、手をさしのべた。
「おいで」
ミルクは寄ってこなかった。千春にむかっていたずらっぽく首をかしげてみせてから、一歩後ずさった。
どうしようか、千春はつかのま迷った。学校の行き帰りには、指定された通学路を使う決まりになっている。
知らない道は、危ないからだ。それから、知らないおとなも。先生もお母さんも、通学途中はくれぐれも気をつけるように、しつこく言う。みんな心配しすぎだよね、と紗希はおとなびた口ぶりで、千春に耳打ちしてくる。そんなに何度も言わなくたって、わかってるって。あたしたち、もう小さい子どもじゃないんだから。
千春は腰を伸ばし、肩越しに背後をうかがった。あいかわらず誰も通らない。
前に向き直ると、ミルクはさっきと同じ位置で、千春をじっと見上げていた。それから、片方の前脚を上げ、まるで手招きするみたいにちょいちょいと振った。
ちょっとだけ。
心のなかで言い訳して、千春は足を踏み出した。なぜか、紗希の声が耳によみがえっていた。千春、ひとりで大丈夫?