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たまねぎとはちみつ

春(1)

  先ほどミルクが姿を消した角にさしかかり、千春は再び足をとめた。また、あの音が聞こえた気がしたのだ。右手に延びている、小道の先から。
 道というよりも、ブロック塀のすきま、という感じだ。おとながひとり、ぎりぎり通れるくらいの幅しかない。毎日のように前を通り過ぎているのに、これまでちっとも気づかなかった。
 なにげなく奥をのぞいて、声がもれた。
「あれ?」
 数メートル先に、ミルクがいた。
 狭い道の真ん中に、とおせんぼうするみたいに、ちょこんと座っている。薄暗いなか、真っ白な毛がぼうっと光を放っているように見える。
「ミルク!」
呼んでみると、みいい、と目を細めて返事をした。
 なあんだ、と千春は思わず笑いそうになる。ミルク、遊んでほしかったんだ。紗希に会えなくてすねたわけでも、千春を無視したわけでもなくて、追いかけっこのつもりだったのかも。
 鳥の声に似ていたさっきの音も、ひょっとしたらミルクかもしれない。猫はたまに、想像もつかないような、妙な鳴き声を出すことがある。
 千春はしゃがんで、手をさしのべた。
「おいで」
 ミルクは寄ってこなかった。千春にむかっていたずらっぽく首をかしげてみせてから、一歩後ずさった。
 どうしようか、千春はつかのま迷った。学校の行き帰りには、指定された通学路を使う決まりになっている。
 知らない道は、危ないからだ。それから、知らないおとなも。先生もお母さんも、通学途中はくれぐれも気をつけるように、しつこく言う。みんな心配しすぎだよね、と紗希はおとなびた口ぶりで、千春に耳打ちしてくる。そんなに何度も言わなくたって、わかってるって。あたしたち、もう小さい子どもじゃないんだから。
 千春は腰を伸ばし、肩越しに背後をうかがった。あいかわらず誰も通らない。
 前に向き直ると、ミルクはさっきと同じ位置で、千春をじっと見上げていた。それから、片方の前脚を上げ、まるで手招きするみたいにちょいちょいと振った。
 ちょっとだけ。
 心のなかで言い訳して、千春は足を踏み出した。なぜか、紗希の声が耳によみがえっていた。千春、ひとりで大丈夫?

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

本を閉じればコンパクトに片付けられて、本を開くと立体的に細かい家具や食べ物など、子どもが楽しく遊べるし、見た目もかわいくて気に入っています。自宅で遊んだり、帰省する時に持って行けば、玩具がない実家でも遊ぶことができるのでこのコンパクトさに助かっています。(6歳・お母さまより)

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