子どもって、おとなが見ていないところで、こっそり何かをするのが好きです。
ずっと以前に、わたしがつとめていた保育園でのこと。セミを捕まえようと年長のりょうまくんが、虫とりあみを持ってフェンスにのぼっていたので、「あぶないよ」と注意をしようと思ったら、「ちょっと、足をおさえてて!」とたのまれました。
しかたないので、言われるままに足をおさえていたら、「先生がこっちにくる!」と他の年長の子の声。「もとこ先生、どいて!」と、わたしに虫とりあみを渡してあわてて逃げていきました。年長組の先生に見られる前に、と思ったみたい。
まちがいなくわたしもおとななのに、りょうまくんにとって、年少のときに担任をしていたわたしはどんな存在なんだろう? でも、子どもたちの仲間に入れてもらったことが、まだ保育士歴が浅かったわたしにはうれしかったことを覚えています。
子どもたちはフェンスにのぼってはいけないことをちゃんとわかっているし、それが危険なのか危険ではないのかという判断も実はできています。子どもたちを信じて、挑戦できる環境を作ることも必要なのだといまのわたしは思っています。
子どもの行動をとめる言葉の前に
保育園へ実習に来ている保育者を目指す学生が書いた記録の中に「2歳の女の子が壁に向かって静かにひとりで何かをしているなと思ったら、一生懸命、自分のてのひらにクレヨンを塗っていた」と書かれていたことがあります。
ふだんわたしは、子どものすることには、どんなことも意味があると思っています。そんなわたしでも「『クレヨンを使うときは、紙の上に描こうか』と声をかけたらよかったね」と学生に助言しようと思いましたが、その学生の記録にはこうつづられていたのです。
「てのひらと紙では、描いた感じが違うのだと思って、自分もクレヨンを手に塗ってみました。そうしたら、クレヨンの感触がひんやり冷たくて、この冷たさを味わっていたのだと感じ、子どもはいろんなことを試しているのだと思いました」
「クレヨンを手に塗らないで!」「あーあ、手を洗いに行かなくちゃね」と子どもの行動をとめる言葉はたくさんあったと思います。でも、「自分も試してみた」という学生の心持ちをうらやましく感じました。
子どもたちがこっそり隠れて何かをしているときって、悪いことも多いのだけれど、その中で大事なことを学んでいるとも言えるエピソードでした。
子どもたちだけのやりとりに、おとなが介入して、関係をこわしてしまうこともある
園長をつとめる保育園のクラスで、年少と年中の子が、大きな声で言い合うけんかがはじまったとき。担任がそばにいなかったので、そのようすを少し離れたところで見ていました。
すると、けんかする2人に寄ってきたほかの年少の子たちが「そんなに大きな声ださなくていいんじゃない?」「仲直りした方が楽しいよ」「ごめんねって言う?」といろんな言葉をかけていて、そのうちだれかが「おならしちゃう?」と、とんでもないことを言いはじめました。みんなげらげら笑いだし、けんかしていた2人も一緒に笑って、まるで何事もなかったかのように誘い合って遊びはじめたのです。さっきのけんかは何だったの?とあきれるくらいにあっさりと。
「どっちが悪かったの?」「話を聞かせて」「ごめんねって言おうか?」とおとなの介入があったら、どうだったでしょう。おとなが介入することで、子どもたちの関係をこわしてしまうことがあるかもしれないと思いました。
だれも見ていないところでおもちゃたちがパワフルに動きだす! 絵本『ほげちゃんとおともだち』
人間が見ていない、おもちゃたちの世界が描かれた『ほげちゃんとおともだち』という絵本があります。
ある日、主人公のゆうちゃんがぬいぐるみのほげちゃんと一緒にひろくんのおうちへ遊びに行きます。おもちゃをめぐって、子どもたちのけんががはじまり、子どもやお母さんたちはみんなで外へ遊びに行くことになりました。人間がだれもいなくなったところで、おもちゃたちが動きだし、今度はひろくんのおもちゃたちと、ほげちゃんがけんかをはじめます。
けんかの最中に、おみやげのケーキの箱をテーブルから落としそうになって、ケーキが1つぐちゃぐちゃに。困ったおもちゃたちに、ほげちゃんが「ぐちゃぐちゃの ケーキは みんなで たべて、おなかに かくしちゃうのさ!」と提案。おもちゃたちは、けんかなんて何もなかったように、みんなで「おいしーい」と言ってケーキを食べてしまいます。
これを読んで、子どもたちの世界ってこうだよなあとわたしは笑ってしまいました。
ほげちゃんは、決して良い子ではないのだけれど、子どもたちに人気があるのがよくわかります。おとなたちのきゅうくつな言葉のシャワーの中で生きている子どもが、おとなの言葉や視線から解放されたら、もっともっとすてきに動きだすのかもしれない。おとなが子どもを見るまなざしが大事なのだと思います。
『ほげちゃんとおともだち』を笑いながら読んでいた子どもたちは、ケーキを落としそうになるところから真剣な顔に。子どもたちはいつのまにかおもちゃたちと同じ世界にいたのだなあと、すっとお話の世界に入っていける子どもを、うらやましく思いました。
おとなが見ていないときの子どもの世界を楽しんでみようと思えたら、子育てもちょっと楽になるかもしれませんね。